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Wantedly Journal | 仕事でココロオドルってなんだろう?

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アニメビジネスを成功させる「Production I.G」の企画力 企画室室長・森下勝司さんが目指すリアルと二次元の融合

「攻殻機動隊ARISE」、「進撃の巨人」などをプロデューサーとして参加、そして朗読劇など新たな仕掛けを

2016/06/08
今回は「攻殻機動隊」シリーズ、「ハイキュー!!」など数々のアニメを手掛けてきた制作会社「Production I.G」で取締役企画室担当、そして企画室室長を兼任する森下勝司さんにロングイングタビューを敢行しました。前編ではアニメ制作の現場から立場を変え、企画室での挑戦などについてうかがいました。

 JR三鷹駅北口を降りて歩くこと数分、一本の細い道を入ると「Production I.G」のオフィスはあります。

「以前は透析病院だったビルを改装しているので、エレベーターが油圧式だったりするんですよ」

 こう冗談めかした森下さんですが、4階にのぼる本社オフィス、そして隣接する3階建ての制作オフィスは非常に洗練されたデザインとなっています。特に本社オフィスの1階には社員やスタッフ以外の方でも気軽に使えるピザ屋が併設されており、一見するとアニメ制作会社のビルとは気づかないかもしれません。
森下さんは現場を経験したのち、企画室へと異動しました。企画プロデューサーとして「進撃の巨人」、「アオハライド」、「黒子のバスケ」などジャンルにとらわれないアニメを数々と手がけ、アニメ業界を代表するヒットメーカーとして知られています。アニメ制作会社というとアニメーターが何千枚にもわたる動画を辛抱強く描き続けるイメージがありますが、森下さんが現在携わっている業務は少々違います。

「弊社はアニメーション制作会社ではあるのですが、それと同時に作品を作るには資金が必要です。その出資を行う組織がいわゆる製作委員会と呼ばれるものですね。私は現在I.Gの企画室に所属してそれらに参画しています。

Production I.Gの企画室の仕事とは

アニメーション制作会社の企画室。現場と比べると少々イメージしにくい仕事ですが、どのようなことに取り組んでいるんでしょうか?

「代表的なものを挙げると、作品にI.Gが出資をして運用窓口をいただき、自社で運用する等のの窓口をやっています」

Production I.Gの会社概要を大きく分けると企画室、管理部、制作部の3つが柱となっています。企画室での業務をもう一歩踏み込んで教えてほしい。森下さんにこう問いかけると、快く話を続けてくれました。

「私は現場の経験もありますが、現在は作品への出資、そして投資などの窓口を担当しています。例えば原作の出版社さんなどとも連携を取り合って、オリジナル商品を作ってショップに卸したりしています。また渋谷のマルイさんでもIGストアをオープンしています。そこに弊社で企画立案して作った商品、アニメグッズを売るフロアを展開するなど、"アニメを作る"以外の部分での取り組みを積極的に取り組んでいます」

 森下さん自身が語る通り、もともとはアニメーション制作とは一切関係の無い仕事をしていましたが、Production I.Gへの転職が、現在の仕事に就くきっかけとなりました。

「創業当初、弊社は石川(光久)がプロデューサー業務を一人でやっていましたが、会社が大きくなって一人では回らなくなってきた時に私が入社しました。当初は現場でアニメ制作もしていましたが、徐々にプロデューサー的な立場を経験することになり、そこから他社さんとの折衝や出資する場合の条件交渉、いわゆる契約の部分をやらせてもらっていました。 最近だとNetflixというアメリカの大手配信会社が日本でも事業を開始していまして、そこと弊社スタッフが考えたオリジナルの原作でアニメーションを制作して配信していただく事が決まりました」

突破口は「ライブ感」

森下さんはプロデュース、作品制作以外にも、様々なアプローチでアニメーションの普及を図ろうとしています。そこに必要とされるのは発想力です。ここ近年のエンターテイメント業界のトレンドを分析して、森下さんは話を続けます。

「音楽業界にも言える最近の傾向なのですが、いわゆるCDなどの『盤』を買う習慣がなくなってきているんですよね。以前あった所有欲が今の人は減っていて、どんどん右肩下がりになっています。それはアニメのDVDでも同じことが言えます。その代わりNetflixのような配信事業が伸びていることは確かです」

 以前では定番だったヒットの仕組みが成り立たなくなった今、必要となるのは新たな収益源を探すこと。その突破口となるのはオンライン上では表現しきれない「ライブ感」でした。

「コンサートやライブなどといった"生"のイベントは、内容次第でお客さんが満席になれば、収益も大きくなります。アニメーションでもそういったイベントを仕掛けてみて分かったのですが、価格が7000~8000円のチケットでも満席になる。お客様がライブに行き、生で実感できることをすごく貴重な機会だととらえているんですね」

新たなる仕掛け「朗読劇シアトリカル・ライブ」

その傾向を受けて森下さんが取り組んだ企画は、アニメ業界では新機軸となる『朗読劇シアトリカル・ライブ』でした。

シアトリカル・ライブ第1弾「みつあみの神様」
(C)今日マチ子 / 集英社・「みつあみの神様」製作委員会

「これは私が中心に仕掛けている企画になるのですが、『シアトリカル・ライブ』という朗読劇を立ち上げたんです。作品はアニメの原作があるもの、まったくのオリジナルのものと様々です。キャスティングした声優さんたちの朗読にプラスして音楽も生演奏するなど、様々な効果を駆使しています。5月末に第2弾が品川ステラホールであるんですが、その公演チケットが即完売したのは本当に嬉しかったです」

作品だけではなく、現実の世界に飛び出すことで市場を生み出していく。そのプロセスを『立体化』という表現を使って説明してくれました。

「アニメってどうしても二次元ですし、架空のものじゃないですか。ただ、それを声優さんや役者さんの声、ミュージシャンの音楽の力を借りて、半分だけ立体化をするイメージなんですよね。さすがにアニメの絵が100%立体化することはないですからね(笑)。ただアニメの声を当てている人たちが実際に朗読をすることで、あたかもキャラクターたちが存在するかのような舞台を構築することは可能だと分かりました。」

この朗読劇のアイデアは、舞台演出をしている人との出会いから生まれたと言います。「実は最近、朗読劇をやっていて面白いんですよ」という話を聞いたことで、森下さんは朗読劇を鑑賞しに行ったと言います。鑑賞前は「聞いているだけで大丈夫かな?」という気持ちだったものの、鑑賞するうちにその印象は一変したと言います。

「2時間の朗読だけで、多くのお客様が深く"没入"するとは思ってもみなかったことでした。これって、落語もそうじゃないですか? 落語家さんが一人でお題目を話していますが、その話し方で何人もいるように感じる。日本の伝統芸能にも通じるものがあって、そういったものからインスピレーションを受けて、様々な表現を付け加えているんです」

次に繋げるために、挑戦すること

一見リスクの大きいとみられる他分野での挑戦。しかし原作の"潜在能力"を試すためには多種多様なアプローチが必要だと森下さんは見ています。

「様々なことに取り組むことで、次につながると考えているんです。これは朗読劇で試していることなのですが、オリジナルのものを舞台で仕掛けてお客様の反応を見て、アニメーション化していきたいのです。」

一作のアニメーションを制作すると、テレビシリーズだと数億円単位の投資額となります。もしすべてのリソースをつぎ込んでもヒットしなかった場合を考えると、非常にハイリスクな面も内包しています。

「他のエンタメ業界もそうですが、ヒットするものはごくわずかだったりします。なかなか確率が低い投資だったりするのですが、そういう確率を上げるために舞台などの仕掛けをして、お客様がどういったものを好むのか市場調査する。それが結果的に投資額の大きいアニメーションに持っていけるのではと考えています」

アニメと現実をクロスオーバーさせることで、アニメファンの満足度を満たすと同時に、企業としての戦略も立ちやすくさせる。まさに企画室ならではの仕事の醍醐味と言えるでしょう。「大まかな売り上げとしては制作部の割合が『2』とすると企画室『1』はくらいですね」と森下さんは明かしつつも、アニメ作品への投資が“ハイリスク・ハイリターン”であることを指摘し、企画室の重要性について説明します。

「ただその制作の方の売り上げって、製造業と同じである一定以上のコストがかかります。弊社の作品は高いクオリティで作られているため、スタッフへの環境整備などでコストをある程度かけています。そのため、受注した金額すべてが利益になるわけではない。つまり利幅はそんなに高くないんですね。利幅率で言うと、商品販売やライセンスなどで得られる企画室の方が高いケースが多いんです」

現在は約20人を抱えるという企画室には、アメリカや欧米、中国などアニメーションビジネスが成り立っている国に対しての海外担当者もいるそうです。「国によって言語が微妙に違ったりしますから、そこを調整しているんです」と、Production I.Gは世界的戦略を持って業務に臨んでいます。

大切にするのは、作り手ありきの視点

それでも、最終的に勝負するものは『アニメの質』とも考えているようです。森下さんはこう語りました。

「もちろん企画室だけ、社長の裁量だけでアニメ制作の決定をしないようにしています。不定期に企画検討会議というものを開催していて、そこには現場の制作部長、経営サイドの人間、そして私たちのような企画室の人間も出る。そこで企画一つひとつを提案して話を聞いて、全体的なバランスで決めているんです。その中では、『絶対にこういう作品は作らない、こういうものしかやらない』みたいなことはありません」

「キル・ビルのような一見上映できるのかな? といったものがあったかと思えば(笑)、週刊少年ジャンプ、週刊少年マガジン等に掲載されるようなものも制作します。最終的にはクリエイター、つまり作り手ありきという視点を最優先にしている。極論ですけど、経営的にすごく"やりたい"という案件が来ても、現場が"できない"と言えば断ります」

現場を知るからこそ、クリエイターの気持ちを鑑みながら利益を最大化する――。柔和な表情を浮かべながらも情熱的に業務を進める森下さんの想いは、Production I.Gの理念を象徴しています。

▶後編:アニメ業界の“ブラックなイメージ”を変える働きやすい職場づくりとは―― 「Production I.G」森下勝司さんが推進する未来の形

Interviewee Profiles

森下 勝司(プロデューサー)Katsuji Morishita
1972年10月9日生まれ。和歌山県出身。 2002年5月入社、同年6月企画室室長、2010年年8月取締役就任。 また2014年10月に設立されたグループ会社である「シグナル・エムディ」の代表取締役社長も兼任。 主な作品は、映画「キル・ビル」のアニメーションパート、「進撃の巨人」、「攻殻機動隊ARISE」シリーズ、 「黒子のバスケ」シリーズ、「ハイキュー!!」シリーズ。 カンヌ国際映画祭にノミネートされた「イノセンス」では、アソシエイトプロデューサーとしてクレジットされている。

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