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コレクションの魅力ついて語る。加藤英宝コレクション〜漫画編〜

こんにちは。「株式会社 英宝」代表の加藤英宝です。

今日はいつもと少しテーマを変えて、私のコレクション観についてお話しさせてもらおうと思います。

私のコレクションと聞いてまず思い浮かべるのは「マジック・ザ・ギャザリング」だと思いますが、今回はあえてそれとは違うコレクションを取り上げてみました。

ゆるい感じのお話しなので、お茶でも飲みながらお読みください。

自分が考える”コレクション”の魅力

具体的なコレクションの話をする前に「そもそもコレクションとは?」というところから考えてみたいと思います。

人類は文明を築いて以来、あらゆる形でコレクションをし続けています。

海外を見てもアジアからヨーロッパまで、「集める」という行為は人類共通です。人間の純粋な欲求とも思えるくらい、人は当たり前のように色々なものを集めています。

ルーヴル美術館や大英博物館、メトロポリタン美術館、こういったミュージアムはその最たるものと言っていいでしょう。

とはいえ、こういった格式高いコレクションだとなかなか身近なものとしてイメージしにくいですよね。でも、子どもの頃に集めたシールやビー玉、ゴム人形などであれば誰もがイメージできるのではないでしょうか。

お気に入りのアイテムが少しずつ増えていくあのワクワク感。

実際のところ、コレクションの楽しみ方は色々な切り口があると思います。

「集める行為そのものが楽しい」

「コレクションを眺めるのが楽しい」

「レアなアイテムを手に入れるのが楽しい」

「コレクションを人に見せるのが楽しい」

純粋なコレクションほどお金とは無関係なんですよね。

コレクション道の王道は「好きだから集める」これに尽きます。

そしてそのコレクションの価値はその人だけが認めていればいいのです。

「そのコレクション、あなたが死んだらどうするの?」

この言葉だけはコレクターの前で言ってはいけません。

コレクションとは人生であり、人が人らしく生きている証でもあるのです。

漫画コレクションの入り口は「ドラえもん」だった


今回ご紹介するコレクションの題材は「漫画」です。

今や自室の壁を埋め尽くそうとしている大量の漫画。

私は普段からかなりたくさんの漫画を読んでいて、お気に入りの漫画はもちろん、話題になった漫画なども積極的に読んでいます。

そんな漫画好きの私はどのようにして誕生したのでしょうか?

きっかけは「ドラえもん」でした。

小学生の頃、親にたまたま買ってもらった『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』。

この話はドラえもんとのび太が海底人との出会い、そこからさまざまなトラブルに巻き込まれながらも、みんなで力を合わせて敵に向かっていく冒険物語です。

私はこの話が大好きで、子どもの頃から大人に至るまで、何度も何度も繰り返し読んでいます。

そしてそこから私の漫画好きは加速していったのです。

漫画のおもしろさを知った私は、家に置いてあった歴史漫画をふと手に取りました。

そして豊臣秀吉、その後は坂本龍馬、織田信長、福沢諭吉、聖徳太子まで、片っ端から家にあった歴史漫画を読破していったのです。

歴史漫画は当然のことながら、古人の成功と失敗、そしてそれにまつわる故事成語から沢山のことを学べます。

知識が広がると疑問が増え、疑問が増えると答えを求めてさらに本を読む。そして答えが見つかればそれはしっかりとした知識として身に付きます。これを繰り返していくのです。

私は学ぶことで自身の考え方の引き出しが増え、生き方や物事へうまく対処できるようになることを知りました。歴史漫画を通じて「人生の重要な学び」を得たのです。

歴史とドラえもん、この2つから学んだことはとても大きかったといえます。

藤子不二雄先生が語った、この言葉がとても好きです。

「ドラえもんはね、のび太がのび太だからいいんですよ。ドラえもんを読んだ子どもたちが『のび太は馬鹿だなぁ。この道具なこういう風に使えるのに。』と思って空想することが大切なんです」

まさに私はこの通りに育ちました。ドラえもんには子どもの想像力を育てる力があるのです。

漫画は大切なコミュニケーション手段

漫画が持つ力はとても大きいにもかかわらず、私が子どもの頃はそれが十分に認められていませんでした。

特にうちの父は漫画が嫌いだったので、漫画を買ってくれるということはまずありませんでした。先ほどドラえもんを買ってもらった話は、本当に例外の出来事だったのです。

でも当時に比べると、世の中の価値観はかなり変わってきていますよね。

それまで世間で「漫画?そんなもの子どもしか読まないでしょ?」と馬鹿にされていた漫画が、今や日本の漫画は世界中に広がり愛されています。

私の友人には、日本の漫画をフランス語訳している人と、英語訳している人がそれぞれいるのですが、それくらい日本の漫画は広く世界から必要とされているんです。

漫画が持つ力として、学びの部分については先ほどお伝えした通りですが、もう一つ「コミュニケーション手段」としての価値があると思っています。

たとえば居酒屋の席で友人と話したり、仕事相手と話したりするとき、漫画という話題をふると案外盛り上がることがあるんです。漫画を通じてコミュニケーションが一気に円滑になるのを感じます。

外国の友人との間でも同じようなことを経験したので、決して日本だけに限定された効果ではないでしょう。漫画にはそれだけのパワーがあるということなんですよ。

最後に私の父とのエピソードを一つ。

先で触れた通り、私の父は漫画が大嫌いでした。

子どもの私に「漫画を読むな!勉強をしろ!」と口酸っぱく言う厳格な父でした。

そんな父に対して私は納得がいかず反発していたわけですが、ある日父が私の持っていた横山光輝の『三国志』を手にとったんです。

そして気づけば父はその三国志を読破していました。

さらに父は、同じく横山光輝が描いた『史記』、『殷周伝説』も読み進めました。

それらを読み終えた父が言った一言が「歴史漫画も悪くないな」だったのです。

私は「親父め、やっと理解したか」と大笑いしたのをよく覚えています。

それがきっかけとなり、私と父の仲はそれ以前よりも良いものになりました。

互いに「おもしろい」と認める、共通の漫画が2人のコミュニケーションをうまく取り持ってくれたのです。

漫画は学びになり、コミュニケーションにもなる、最高のツールだと思います。

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