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私の自慢の家族 「母は車椅子 父は英雄」


写真は毎年恒例、お正月の家族写真です。(北海道帯広市)

私にとって、父は英雄です。

母の介護をこなし、3人のおてんば娘を育て上げ、家事をし、いくつもの趣味まで本気でエンジョイする、スゴイ人だからです。

なぜ、父はそんな偉業を達成できたのでしょうか。

お母さんが別人になっちゃった

私は三姉妹の長女として生まれました。

小学3年生の時に母が脳出血で倒れました。

手術の末、奇跡的に元気になりました。

元気ですが、左半身は、ほぼ動きませんし、顔も、右半身だって、上手に筋肉を動かすことができません。

私は、子どもながらに現実を受け止め、大人になったつもりでした。

でも、2年前親になるまでは、私自身、とても子どもだったと自覚しました。

守るべきものが誕生し、初めて両親の気持ちに思いを傾けることができました。

末っ子がまだ3歳で、まだ幼い娘3人を抱えた母が生死を彷徨った時。

母は、父はどれだけの絶望を体験したのか、本当の意味で、想像したことも無かったと気がつきました。

人が、普通では想像もつかないようなことを成し遂げる時には、「愛」が必ずあるのではないか。と思っています。

家族の愛って凄い

可愛くて、料理上手で、笑ってて、子煩悩で、仕事もできるお母さんでした。

病気で、顔も別人になり、自分で座ることも、歩くこともできません。

端から見ると何もなくなったのに今でも、父は母を大好きなんですよね。

それが、小さい頃からずっと不思議でした。酷い娘ですよね(^^;

でも、大人になって、本当の愛を知り、やっとわかりました。

条件とか、そういうんじゃないんですよね。

「何がどうなっても、愛している人と、生きていく覚悟」を決めて必死に生きてるんですよね。

それに気がついた時は、たくさんの人に対し、感謝の気持ちが湧きました。

私も、そんな風に、人を愛して生きていきたいです。

それさえできれば、死ぬ時に後悔しません。

死を意識すること

私はもちろん、超健康体ですが、日々、死を意識して生きています。

母の病気は、何万人かに1人の病気です。

この病気になってしまった人の多くが、命を落とすか、植物状態になると聞きました。

「なんで私のお母さんが?」

って、ありきたりなことを思っていましたが、ある時から

「私だって、いつどんな病気になるかわからないし、交通事故に遭うかもしれないし、死ぬ時は死ぬよなぁ。」

そう本気で思うようになりました。

「今死んだら絶対後悔するな。」

そう感じた時は、私にとって頑張りどき。

そして、何かを決める時に、最高の判断基準となります。

今、本気でやりたい仕事を妥協せず探すこと。

その原動力になっているのは、

家族が与えてくれた、沢山の体験です。

もし、あまり死を意識したことのないひとは、是非、意識してみてください!

人生を前に進めるための方法として、オススメです。

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