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「部長が目立たない組織を作りたい」挫折を知った事業責任者のこだわりとは

こんにちは!広報担当の池内です。今回は、今までウェルクスのほとんどのサービスに携わってきたレジェンド、保育事業部責任者の宮本さんにインタビューをしました。

―まずは、学生時代からウェルクス入社にいたるまでの経緯を教えてください。

出身は和歌山県で、大学入学のタイミングで上京しました。大学でとある学生ボランティア団体の勧誘を受け、暇だし、自分から友達の輪を広げられるタイプでもなかったので、軽い気持ちで参加してみることにしました。障がいがある方の地域のコミュニティに参加したり、その年は杉並区で豪雨被害があったので、そのボランティアに行ったりしていました。住民の方と交流して、感謝の声をもらう中で活動が楽しくなり、結果的に副代表まで務めました。

―なんで副代表になりたいと思ったんですか?

今思えばですが、リーダー的なものを務めるのが恐らく元来嫌いじゃないというのと、中高と帰宅部だったのでそういう青春っぽい活動へのあこがれがあって。打ち込めるものを見つけたので、チャレンジしたかったんだと思います。大きい団体だったので演説込みの選挙みたいなことをするんですが、2年生から学生役員になって、最終的に副代表になりました。結果、授業には全く行かずにその活動に打ち込み、3年生を2回やったあとに大学を中退しているんですが・・・。

大学時代・ボランティア活動中の宮本さん(モテたそうです)

―4年近くいって中退したんですか?

そうです。ボランティアをやっている中で、現地の住民の方と宴会をする機会がよくあったんですけど、性格的に司会やネタみたいなものをやらされることがよくあって、人を笑かせることって楽しいな、と思っている時にちょうど世間ではお笑いブームがきていました。これはいけるわ、と思っちゃったんですよね。結果、大学を中退してお笑いの養成所に入りました。かの有名な。


芸人時代の宮本さん(売れなそう)

―それがどうなったらウェルクスに入ることに?

養成所に一年間通ったあと細々と活動し、渾身のネタができたんです。もうこれ以上おもしろいものはできないんじゃないかというくらい自信があったネタだったんですけど、それでM1グランプリに出たところ、普通に2回戦で落ちまして。そのあともライブで度々披露したものの、全くウケなかったんで心が折れて辞めました。

さすがに人生やばいなと、とにかく正社員になろうと思って、大学の時に少し興味があったブライダル業界に就職しました。主には新規の営業を担当して、ある程度のポジションまでいったんですが、その間に結婚して子供ができたこともあって、土日休みが取れないとか待遇が気になってきて、転職をしました。次の会社は求人広告の会社だったんですが、これがまたごりごりの営業風土で全く合わず、つらすぎて3ヶ月で退職しました。子供もいるのに、無職、前職3ヶ月で辞めていて、大学中退と。そこでいよいよ焦り、転職活動をしてほとんど書類選考で落とされる中、ウェルクスが面接をしてくれたんです。当時はまだ創業3年目で、面接には社長の三谷さんもいました。

―その時のこと覚えていますか?三谷さんの印象は?

もちろん覚えています。私がブライダル出身だとわかってご自身の結婚式の話をされていたのと、これは今も変わらずですが、漫画の話をしました。三谷さんからは仕事の質問などは一切なかったので、印象に残っています。帰りにエレベーターホールで内定だと言われ、しがみつくように入社を決意しました。

―それからはどんな業務を経験されたんですか?

栄養士の人材紹介サービス「栄養士のお仕事」を始めたばかりで、私は栄養士のキャリアアドバイザーとして最初の業務にあたりました。客観的に見て、自分がキャリアで遅れを取っていたのは明確だったので、必死でしたね。同じ時期に入った同期もいて自然と競争意識も芽生え、半年でMVPを獲得したときは、達成感がありました。

その後様々なサービスを経て営業推進チームといういわゆる企画側の部隊のリーダーになったんですが、ひょんなことからそこにサービス全体の責任者という任務が加わったんです。今と同じポジションなんですけど。それが私のウェルクス暗黒時代の始まりでした。全く機能できず、私自身が事業のボトルネックになってしまったんです。

―何が足りなくて、どううまくいかなかったのでしょうか?

言われたことをやっているだけ、業績の進捗報告一つとっても、ただ数字を報告しているだけで意志がない、とよく指摘されました。三谷さんがよく言う、「so what?」がなくて、資料にしても会議にしても目的は何で何を伝えたい/したいのかわからない、と。これは未だにできていない時もあって、もっとこだわらなきゃいけないと思っているんですが。それに加えて、仕事を部下に振るのが苦手で、タスクや課題を一人で抱えていました。その結果、対策やアクションが後手にまわり、手はずっと動かしているのに前に進んでいる感覚が全くなくて、その時期は本当につらかったですね。正直、当時の記憶はあいまいです。当時の評価も見られたもんじゃなかったです。

―そこからどうやって乗り越えたのですか?

自分がいても事業のボトルネックになっているだけで、会社のためにも自分のためにもならないと思い、正直辞めることも真剣に考えました。そんな中、大阪事務所立ち上げの公募があったんです。元々関西の出身というのもありましたし、一度三谷さんの元を物理的に離れて一から事業所立ち上げをやる環境に身を置いてもよいのかなと思い、応募をしてみました。

今思えば、それがウェルクスにおける私のキャリアのターニングポイントになりました。それまでは、指摘やアドバイスをしてくれる人が常に近くにいましたし、やることの型もだいたい決まっていましたが、新たな環境下では自分がトップでメンバーも少ない中で、自分で仮説を立てて検証して、判断して前に進めないといけない。それまでの環境で、自分が甘えていたことに気が付きました。

―過去の経験を踏まえて今仕事で意識していることは何ですか?

まずは仕事を振ることですかね。自分が物理的にも精神的にも手一杯で事業のボトルネックになることが一番よくないので、これは過去の経験から学んでできるようになっていると思います。あとはやはり「so what?」とか、目的を意識させることです。部下とのコミュニケーションでも意識しています。それっぽいデータを出してきても、それで何が言いたいのか、どんな意志をもって仮説を立てたのかとか、そこはこだわるようにしています。

あとは、やって自分が安心するだけの会議をしないように、とは言っています。私もそうだったんですが、チームの責任者って不安なのでとかく部下とのコミュニケーションの場を作りがちです。何のための会議なのか、それは課題を解決する手段として会議がベストなのかを考えさせるようにしています。そうやって自分で目的意識を持って考えて、一人ひとりが自走できるようになれば、強い組織になると思っています。

―今後の目標は何ですか?

やはり短期的には保育人材紹介で圧倒的な一番になることですね。ウェルクスのスピリットにもあるBE GRIT(やり抜く力)を体現して、考え抜いてアクションを起こせる、自走できる組織をつくれば必ず実現できると思っています。結果的には責任者である私が目立たない組織が成り立てばいいと思っています。道を指し示して間違った方向にいったらそれを止める、現場は現場でごりごりまわす、そんな組織を作りたいです。

個人的な目標は・・正直ないです。私野心があまりなくて。ただ、今自分がもらっている役職は身に余る役職だと思っていて、足りないことばかりなので自分自身が一番成長をしなければいけないと思っています。経験豊富で能力の高いマネージャー層も増えたので、負けられないな、という思いです。


宮本さん、貴重なお話ありがとうございました!

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