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#私の履歴書 vol.2

自分が凡人だと気付いた20代。

凡人だからこそ、目を向けるべきことがあった。

前回、弊社代表の稲垣がどんな人生を歩んできたのかということにフォーカスを当ててご紹介いたしました。

記事にしてみると、1度の記事では書ききれる内容ではなかったため、

シリーズ化してお届けさせていただくことに致しました。

前回は代表稲垣が、学生起業を行うまでの経緯についてご紹介いたしましたが、

今回は、代表稲垣への取材内容をもとに学生起業から社会人になるまでのストーリーをお届いたします。

前回のストーリーはこちら。


「早く自立する=起業」と考え、学生起業をした大学4年。

大学時代の私は、正直焦っていました。

「早く自立せねば」という気持ちと「何者かになりたい」という気持ちが強かったのです。

当時、強烈に憧れていたホリエモンや藤田さんに近づきたいという想いと行動力を買われ、

学生起業に至りましたが、それでも尚、焦りは消えませんでした。

「焦り」を掻き消すかのように、私はとにかく行動を続けました。

学生起業するということだけが決まっていたので、まずは事業内容を決めました。

当時はガラケー全盛期であったため、ガラケーのモバイル広告の代理店と営業代行を事業の柱としました。

社員も自分一人であったため、当時流行っていたmixiで有志を募り、アルバイトを募集しました。

しかし、焦りに加え無知であった私は、なかなか結果を出すことができませんでした。

世の中は、自分が思っていた以上に優秀な人で溢れている。

学生起業をする前の私は、新卒内定も複数社いただいた上で、出資のお話もいただいたことから、少々天狗になっていたと言えます。

少々ではないかもしれません。

かなりです。

しかし、実際やってみると自分の無知さを痛感することとなりました。

社会人としての基本的なマナーにはじまり、

法務、経理が分かりませんでした。

PLもBSも分かりませんでした。

そして、「やってみればなんとかなる」と高を括っていましたが、

なんともならなかったのです。

私が思いついた事業は、世の中に溢れる優秀な方々が既に行って、お客様に対してパフォーマンスを上げていました。

その中で、お客様が私を選んでくださることは、ほぼありませんでした。

当時の売り上げは月数百万円程度でした。

それでも私は、諦めたくないと強く思い、焦りを行動の原動力にし、行動を続けました。

起死回生となるか。ガラケーの着せ替え事業へのシフト。

売上がなかなか、伸びない時期が続いたため、新たな一手を打たねばと考えました。

そこで、当時はまだ競合が少なかったガラケーの着せ替え事業へ思い切ってシフト致しました。

ガラケーの着せ替えは、デザイナーさんが作るとなると100万円程のコストがかかりました。

そこで、もっと手軽にデザインができるよう着せ替えASPの販売事業にシフトしたのです。

売上は数百万円を若干伸ばすことができました。

しかし、私には見えていないことがありました。

そして、それが決定打となりました。

社員はどんな経営者に着いていくのか。独りぼっちになって分かったこと。

売上は若干伸びたため、事業は進めていました。

しかし、売り上げを伸ばしたいがために、当時の社員に対してマイクロマネジメントを行いました。

1社1社の営業活動内容に加え、失注理由に至るまで、とにかく見ていました。

しかし、私は何も「見えていなかった」のです。

気付けば、社員は退職していき、私は独りぼっちになっていました。

私は自分自身の焦りにかまけ、それを時に社員に向け、社員の気持ちや本質的な状況を見ることができていなかったのです。

そして、気付きました。

自分は、凡人なのだと。

特出した能力はないのだと。

だからこそ、もっともっと内に目を向けながら、外に向かうべきだったのだと気付きました。

気付いた時には、もう手遅れだったのです。

そして、改めて自分自身に問いかけるきっかけとなりました。

なぜ、自立したいのか―

なぜ、起業したいのか―

そして、一つの想いにたどり着きました。

「仲間が欲しい。仲間と共に、お客様から❝ありがとう❞と言われる仕事がしたい」

本当はシンプルなものだったのです。

無知であり、焦りもあり、本当に大切なことを見失っていたのです。

完全に自分自身の能力不足を痛感しました。

そんな折に出資してくださった社長から、

「一度、会社を畳んで力をつける期間を設けた方が良いのではないか」

という打診されました。

正直、悔しさや焦燥感の中に微かに「そうだよな」という気持ちもありました。

数日は、食事も喉に通りませんでした。

ベッドで天井を見上げる日が数日過ぎる中で、

自分の奥底から「諦めたくない」「絶対もう一度チャレンジしたい」「今度こそ見失いたくない」という気持ちが湧いているのだと気付きました。

見苦しくても、格好悪くても、それでも諦めたくないのだと気付いたのです。

もう一度、チャレンジするためには、がむしゃらではダメだとも思いました。

一度、知識・経験をとことんつける時間が必要だと思いました。

そして、鍛錬に鍛錬を重ね、社員がついていきたいと思う経営者になりたいと思いました。

そのため、当時の社長の打診をのみ、大学卒業と同時に新卒でサイバーエージェントの子会社であったCAモバイルに入社することに決意しました。

「この場所で吸収できることは全て吸収する」そう決意した、新卒の春でした。

次回、vol.3に続く。

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