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新卒で入った会社を、十日で辞めた話。【ストリームグラフ】

先日、会社の偉い人に「ストーリー書いて!前の会社を十日で辞めたこととか」と言われた。別段コンプレックスに感じている話題でもなく、書くのはまったく構わないのだが、困ったことに何を書けばいいのかさっぱりわからない。今もわからないと文字を打ちながら、うんうんと頭を唸らせている。

しかし、他に書けるネタもこれと言って無いので、素直に自身の就職失敗談をそのまま書いていくことにした。大して面白くもない話ではあるが、誰かの暇つぶし程度にでもなれば幸いである。

私は今年の三月に大学を卒業し、四月に新卒社員としてとある会社に入社した。そして十日後に辞めた。

今となっては生涯の持ちネタとして、笑い話は後々までの語り草になりかけているエピソードだ。しかし真面目に考えても、当時新卒だった私がとる行動としてはかなりリスキーであったことは否めない。一般的な意見としては、いくら会社を辞めたくなったとはいえ、一度採用された会社をすぐに辞めてしまうことは歓迎されない。なぜなら「入社してすぐに辞めるなんて、所詮その程度の人間だ」という一定のレッテル貼りを避けられないからだ。

もしも、その人が社会人として経験豊富で、なにか他の誰かにも代え難いようなスキルの持ち主であるならば、そのような一般論は道端に捨てて草むらに石ころと並べてみるのもありかもしれない。

しかし、私は新卒であった。大学を卒業したての、社会人にうぶ毛が生えた程度のひよっこが、新卒で入った会社をたったの十日で辞めるのである。転職活動をしたところで、汚点として見られる他なにもない。よしんば「愉快な新卒」と見てくれる会社があったとしても、それは一握の砂に混ざる一粒の砂金にも等しいだろう。

しかし結局のところ、私はその会社を十日で辞めた。そして新社会人十一日目にして、立派な札付きのニートになったのだ。

せっかく新卒として内定を貰った会社を、なぜ十日で辞めようと思ったのか。それは、その経験こそが、私が自分のことをきちんと見つめ直す転機となったためだ。

大学時代、私はアルバイトで接客業をしていた。大変なことも多くあったが、仕事は楽しく、その経験から同じ接客業である前職を志望した。

仕事は楽しかった。配属先に同期はいなかったが、先輩方には良くしていただいた。しかし、研修を受けた一日目に「何か違うな」と感じた。二日目でその違和感は決定的なものとなり、その日の夜に転職サイトに登録した。さらに八日が経った朝、店長に退職願を提出した。退職願はあっさりと受け取って貰えたので、どうやら最初から「コイツはすぐに辞めるな」と思われていたらしい。

退職願を出すまでの七日間、私はひたすら自身の覚えた違和感について考え続けていた。そして朧気ながらに気づいたことが、私は今なお何かを創る仕事がしたくてどうしようもないということだった。

私は幼い頃から何かを創ることが好きな子供で、部屋でピタ○ラスイッチを再現してみたり、太い木の枝を削ってパチンコを作ったり、絵本や漫画を描いて遊ぶような子どもだった。とにかく、何かを考えてそれを形にするのが好きだったのだろう。そして中学生になる頃には、何かを創る仕事に憧れるようになった。しかし、明確に何になりたいという夢はなかった。

ただひたすらに漠然とした創作意欲を抱え続け、やがて大学卒業を目前にしたとき、私はその憧れを放棄した。私にその創作意欲を仕事にするだけの技量がないことを、大学での学生生活で感じとっていたからだった。

それでも、長年抱え続けた思いに挑戦することもできただろう。しかし、私は親に迷惑をかけたくないことを言い訳に、いわゆる「普通」と呼ばれる道を進むことを選んだ。この場合の普通とは即ち安定であり、その方が親も安心するであろうし、私が長年抱え続けてきた創作意欲は誰しもが持つ自己承認欲求に起因するものであって、いずれは収まる一過性の衝動だろうと、深く考えもせずにそう判断したのだった。

しかし、新社会人として地に足を着けようとした瞬間、まるで宙に放り出されるように、私の判断が誤りだったことを自覚させられた。辞めるまでの十日間、何かを創りたいという思いは不完全燃焼のまま燻り続け、違和感の炎は日に日に勢いを増していった。

ここは私の居場所じゃない、本当はもっと何かを創る仕事がしたい。毎日そう考えるようになった。それからぼんやりと、若干二十二年の人生で一番幸せだった大学時代のことを思い出した。もしも我儘を言えるのであれば、大学のような、何かを創りながら興味のあることを自由に学ぶことのできる環境がいい。

私の選んだ道は行き止まりだった。もはや、これ以上前に進むことはできない。であれば、別の新しい道を探すべきだ。入社九日目の昼下がり、棚に陳列されたオリーブオイルと一向に減らないソースのボトルに挟まれて、私はそう結論づけた。そうと決まれば話は早く、善は急げとの諺もあり、何よりすでに仕事を辞めると決めた新卒社員の教育ほど会社にとって無駄な労力はないだろうと考え、十日目の朝一で退職願を出したのだった。

実のところ、仕事を辞めた時の話はこれですべてではない。本当はもっと様々な要因や思考の段階があって、複雑な過程を辿っていたし、退職願を出した後や転職活動中にも、アレやコレやと色々なことがあった。しかし、すべてをここに書き切ることはできないので、今回は残念ながら割愛させていただく。

今の私がこのことを振り返って思うのは、私があのとき十日で仕事を辞めたのは間違った判断ではなかったということだ。あのとき十日で仕事を辞める決断をしたからこそ、今の納得できる自分がいる。そして、一度新卒として前の会社に就職したことも、決して間違いではなかったように思う。もしそうでなければ、今ここにいる私はいないからだ。

昔から常々思っていることだが、失敗したと思うことでも、ひょんなことから何かの縁に繋がることがある。私はこの縁の存在が不思議で仕方がない。それは天からの授かり物かもしれないし、はたまた、ただの人間の思い込みかもしれない。それでも、おかげで私は今という時間を毎日楽しく過ごしている。私の人生は今のところ間違いなく点と点が綺麗に繋がっていて、何が人生の転機となるかわからない以上、本当の失敗というものは存外少ないのかもしれないとも思う。

そんなわけで、ここまで長々と書いてきたが、特筆して伝えるべきことは実はあまりなかったりする。ただ、この会社には新卒で就職した会社を十日で辞めた人間が毎日楽しく働いていたりするのだと、そんなことを伝えられたら良いなと思う。

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