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ロボットにヒトを見る西洋人とカミを見る日本人


キビテクでは、CEOの「林まりか」がお昼休みの時間帯(12:10-13:00)に「昼活:ロボット」の部屋名で clubhouse をやってます。

日々のロボット関連のニュースを話題に、ゆる〜く語っておりますので、気が向いたら覗いてみてください。
業界の話題を真面目に論議していることが多いですが、アニメやマンガ・小説などを引き合いに虚実とりまぜた話題もちょくちょく飛び出します。
「キビテク社の代表ってどんな人なんだろう?」と気になったら、ぜひ登壇してお喋りしていってくださいね。

さて、今回のテーマは「日本人がロボットをどう見ているのか」についてです。

西洋人に比べて、日本人はロボットをあまり恐れていないように思います。
西洋でのロボットって、有名人(?)をちょっと書き出しても
・メアリ・シェリーの「フランケンシュタインの怪物」(1818年) は連続殺人犯
・カレル・チャペックの「ロボット」(1920年) は人類に歯向かい滅亡に至らしめる
・フリッツ・ヤングの「マリア」(1927年) は労働者を扇動して暴動を引き起こす

こんな感じで、人類に対して脅威となる、怖れの対象として描かれる傾向があると思います。

一方で日本では
・機巧図彙(1796年) に図解された「茶運び人形」
・西村真琴によって制作された「学天則」(1928年)

などがあり、漫画などで大衆文化として広く世に出るロボット達を挙げると
・阪本牙城の「タンクタンクロー」(1934年) 丸いボディのロボットっぽい主人公が悪漢と戦う活劇
・手塚治虫の「アトム大使」「鉄腕アトム」(1951年) 自意識を持たされた少年型ロボットが悩んだり戦ったりする
・前谷惟光の「ロボット三等兵」(1955年) 大日本帝国陸軍に入隊したロボットが主人公のドタバタ喜劇

のように、ロボットが人間社会に受け入れられて溶け込んでいます。

この西洋と日本の違いは宗教観に拠るところが大きいだろうと思っています。
・西洋人:絶対神が居て、命令に背いた前科を持っているのが人間
・日本人:数多の神々が住まう世界の一角で大きなモノに囲まれて生かされているのが人間

また、大東亜戦争で壊滅的な負け戦を経験した日本は、敗戦後貪欲に西洋の技術・工学を学習しますが、丁度その時代に書かれた

・アイザックアシモクとジョン・W・キャンベル Jr. の「ロボット工学三原則」(1950年)

の発表が、日本のSF小説界や漫画界に早くから浸透していたことも大きく影響しているんじゃないかと思います。

時代が進み、サイバネティクスや人工知能など新しい技術や知見が生み出されたり、西洋思想と東洋思想が互いに理解し合ったりもあり。
それらが影響し合い結びついて、リアル世界でもフィクションでも新しいアイディアがドンドン生み出されています。

それでもどこか根っこの方で、西洋人達は新しいモノに人間を投射し、日本人はカミ様を投影しているような気がします。

キビテクでの私は、そんなこと考えながら日々ロボット開発に勤しんでいます。

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