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インターネットと共に歩んできた人生。価値あるプロダクトと働きやすい環境を探求する

freeeの切り込み隊長──そんな役割を担う関西支社は、社内ベンチャーのように攻めのスタイルで飛躍しています。その関西支社のエンジニア組織立ち上げの立役者が、竹田 祥でした。エンジニアとして、マネジメントとプロダクトづくりに奮闘する彼のこれまでと、働く環境に対して抱く想いを紹介します。

プログラミングになら何時間でも熱中できた

(2013年頃の竹田。両隣も現在freeeのメンバー)

竹田がパソコンと出会ったのは、福岡で過ごした中学時代。

学校の授業や友人との遊びを通じた出会いでした。そして、パソコンの魅力にハマり、親御さんとの交渉の末に自らのパソコンを買ってもらったことでどんどんインターネットにのめり込んでいきます。

やがては、独学でのプログラミングを始め、工業高校の情報技術科へ進みました。

竹田 「高校時代はhtmlやCSS、当時流行ってたFlashを使ってプログラムを書き、主にウェブ制作をしていました。

そしてリアルな店舗に『ウェブにも情報を載せませんか?』と売り込みにも行きました。市場が成熟してなかったこともあり、ウェブ制作の個人事業主として稼げるようになっていったんです」

そんな高校時代を送る中で、竹田は「プログラミングなどの、自分の関心があることなら何時間でも熱中できる」と、気がつきました。

高校卒業後は、フリーランスとして食べていけることを確信したこともあり、事業を継続する道を選びます。

しかし、その二年後試練が訪れることに……。

竹田 「時代の流れともに、みんなパソコンやインターネットを使うようになってきて、ビジネスとしてウェブ制作をする会社が増えてきたんです。

お客さんとしても、あえて僕のような個人に頼む必要はないし、単価も下がりました」

そうして仕事が取れなくなって来たころ、竹田は大阪のシステム開発会社に就職。SIerの社員として技術力を高めていきました。

その後別のSlerにも転職し、そうした中で、竹田は「自社プロダクトを持つ企業で働きたい」と考えるようになりました。

竹田 「当時携わっていたSIerでの業務では、お客様の要件がガッチリと固まっていることが多く、技術選定や仕様策定などはお客様の要望ベースで決まってしまうため、自由度が少なかったんです。

だからある程度、自由度や裁量があり、価値を生み出し続けられるエンジニア組織がいいなと」

竹田は、大阪のBtoBのSaaS企業への転職を決めました。そして、3年目には、自分のチームを持つまでになります。

竹田 「それまで自分は技術一本で勝負するタイプだと思っていたんですけど、意外とマネジメントがうまくいったんですよ。チームメンバーからも楽しく働けているという声を聞くことがあって、楽しみながら成果を出せすことができるようになっていました」

さらに竹田は自ら新プロダクト開発のための部署を立ち上げ、開発部長に就任します。freeeからの誘いを受けたのはそんなときでした。

CDO・平栗と出会い、freeeへの入社を決意した

freeeからの誘い──。

それは、知り合いだったfreeeの社員からきた「転職、考えてませんか?」という一本の連絡から始まりました。

竹田 「最初は、部署を立ち上げて半年しか経ってなかったので、断ったんです。そしたら、『関西支社のエンジニア組織の立ち上げを考えているから、関西のエンジニア事情を知りたい』という話に。そこから何度かランチに行き、情報を交換しました。

もともとfreeeのことは知っていましたし、エンジニア界隈では技術力が高い企業として有名でした。だから『転職したくても、そもそも面接に受かるのか?』と思ってましたね」

そんな竹田がfreeeに入社を決める転換点になったのは、CDO(Chief Development Officer)・平栗との出会いでした。そこで、キラキラとしたITベンチャーというイメージが覆ったと言います。

竹田 「出て来たのは気さくな関西のおっちゃんで(笑)。良い意味で飾り気がなくて、こちらも自然体で接することができ、心地よい飲みの席でした。

彼の心にはエンジニアの楽しさを優先したいという良い意味での緩さと、ビジネスに対する深い考えや熱い思いが同居しており、この人が引っ張っている組織なら間違いなく良いプロダクトや組織が作れると感じたのを覚えています。

また大阪を皮切りに地方の支社を立ち上げるビジョンと、プロダクトカンパニーとしてやっていく覚悟を聞いて、本気度が伝わって来ました。それに自分のなかにも、プロダクトの力が試される厳しい環境でチャレンジしてみたい気持ちもありました」

そうして、freeeへの入社意欲を抱くようになった竹田は、freeeの五反田本社で面接を受けます。その際、空き時間に見た光景が印象に残っていると言います。

竹田 「通常の業務時間中にソファーで熟睡してる人がいて、良いパフォーマンスを発揮するために必要なことなら何も言わない環境があって、いい会社だなと思いました(笑)。

持論ですが、エンジニアって自分が興味あるテーマだとすごい熱中するし、興味ないとモチベーションが上がらないんですよ。いい組織ってそれをある程度考慮しながら、外側のテーマミッションでちゃんと引き締め、最終的には成果へコミットするように設計されている。freeeの組織はそれを体現していましたね」

そうして竹田は面接から半年後の2018年4月、前社でのプロジェクトを全うしたあと、freeeに入社しました。

関西支社の立ち上げと、PMの兼務が始まった

(freeeプロジェクト管理の開発会議中)

freeeに入社した竹田ですが、新たな使命を持つようになります。それは、エンジニアリングマネージャーとして組織を立ち上げること。

実際に、入社して数回の開発をしたあと、竹田は組織の立ち上げをスタートしました。ところが、思わぬ事態が訪れます。

竹田 「当初は開発とグロースのほか、組織設計・採用・マネージメントを担当する予定でした。しかし、人手不足によって、PMとしてプロダクトの企画にも関わることになったんです。

その際、PMだけ東京メンバーが担当する案もあったのですが、試しに関西支社だけでやってみたところ、試行錯誤しながらもなんとか機能をリリースすることができました。

立ち上げたばかりの関西支社はまだ組織が小さいので、フットワークが一段と軽く、いろいろなことが試せる環境だったんですよね。そうした成功体験から関西支社は、freeeの切込隊長的な役割を担うようになっていったんです」

そうして、軌道に乗った関西支社は採用面接をこなし、組織が少しづつ拡大していきます。そんな中で、新プロダクト『freeeプロジェクト管理』の開発を関西支社で担当することになりました。

竹田 「これはfreee的にも大きなプロジェクトで、今までの基幹プロダクト(freee会計・freee人事労務)に次ぐ大型リリースでした。

またバックオフィス向けではなく、フロントよりのプロダクトのリリースは、freeeとして初めて手を掛ける領域でした。もちろん投資額も大きくなるし、会社としても社運を賭けたチャレンジになることは容易にわかりました」

何を目標にするのか、何を実現していくのか。CEO佐々木のほかCOO尾形・PO(プロダクトオーナー)宮田とディスカッションを重ね、開発が始まりました。

竹田 「東京からプロジェクトに参加したPOの宮田とともに、ロードマップを作るところから始まりました。それ以降のロードマップの具体化、初期のプロダクト機能の企画、プログラミングと実装、リリースのタイミングやクオリティなどの決定は、全て大阪チームで行うことになりました。

一からプロダクトを作るので、過去のコードとのしがらみもなく、プログラミング的には自由度の高い環境でした」

竹田にはそこで2つ意識していたことがあります。1つ目は、最高の状態でリリースすること。2つ目は、今後、新プロダクト作るときに参考になるものを情報として残すこと。

竹田 「結果的に『freeeプロジェクト管理』は、プロセス・コードの書き方・UXなど、全てにおいて妥協することなく、freeeにおける新規プロダクト開発のモデルケースになるクオリティでリリースできたと思います。

それが後々エンジニアの成果発表会で1位に選ばれ、チームとして認められたときは感慨深かったです」

エンジニアを想い、働く環境づくりに尽力していきたい

(関西支社のメンバーとともに)

関西支社のエンジニア組織立ち上げの立役者となった竹田ですが、リモート環境を整えたり、オフィスの物理的な環境を整備したりと、働く環境づくりにも力を入れていきました。

そして、その後中部支社・九州支社が立ち上がると、竹田は西日本全体の開発部長となりました。地方にエンジニア組織があるメリットが一番大きいのは、採用だと言います。

竹田 「正直、関西支社と中部支社の採用はめちゃくちゃ上手くいっています。

東京以外の地域はウェブアプリケーションの開発を行っている会社自体が少ないので、自社プロダクトでバリバリ開発したいというアグレッシブなエンジニアの受け皿がまだまだ足りない状況です。

また応募者に話を聞くと、ずっと地方に住んでいたい人には喜ばれることが多いです。

結婚など、人生のイベントに応じて住みたい場所が変わることもあり、地方で開発できる環境があれば、転職しなくても良くなるのでお互いにメリットがあると思います。現に名古屋支社にはもともと東京本社では働いていたエンジニアが2人います」

エンジニアとしてキャリアを歩み、PM、支社のマネジメントのほか、カルチャー設計にまで携わる竹田。今後の目標をこのように語ります。

竹田 「まずは『freeeプロジェクト管理』のクオリティをさらに上げ、しっかり成功させたいです。また自分でイケてると思えるプロダクトに関わりながら、他チームや会社にとって有益な開発を続けていきたいです。

その上でfreeeがクラウドERP企業としてさらに認知されるような価値を、西日本からもどんどん生み出していきたいです」

一方で、マネージャーとしては働きやすい環境づくりのほか、メンバーそれぞれのビジョンを実現する手助けになることを目標に掲げています。

竹田 「freeeでは、全社として、その人のやりたいことや将来像を前提に、それにつながる道を実現していきましょうという取り組みがあります。そのためにボトムアップで意見を聞きながら、ルールは少なく、かつ自然に成果が最大化する組織の在り方を模索していきたいと思います。

個人的には、ネットに救われて人生を歩んできました。そしてこれからもネットの可能性は広がり続けると信じているので、ウェブ上で誰かの価値に繋がるものを作り続けたいです」

インターネットを通じた可能性を信じている竹田。エンジニアを想う働く環境づくりを通じて、これからもfreeeでの歩みを続けていきます。

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