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”可能性”を自ら創り出す人を増やしたい

眞鍋 勇貴(Manabe Yuki)

1992年生まれ。滋賀県彦根市出身。高校卒業後、立命館大学法学部法学科国際法務特修にて労働法を専攻。卒業後は、大和証券に入社し、佐賀県で個人・法人の営業を経験。その後、ワークスアプリケーションズに未経験エンジニアとして転職。開発業務に従事。
2017年10月、FoundingBase入社。
Education Div. Directorとして、大分県豊後高田市で活動中。市内唯一の高校に常駐し、教職員と共に教育の魅力化活動を推進している。

好きなことに夢中だった学生時代

「あなたは何をしているときが一番幸せですか?」と聞かれれば、私は「読書です!」と即答します。それくらい読書が好きで、本に救われた人生だと思っています。

読書するようになったきっかけは、小学校2年生のときです。当時の私は体が弱く、熱が出たりお腹が痛くなったりして友達と遊べないときが何度もありました。そんな時に「月〇冊本読んだら、欲しい物買ってあげる。」と叔父に言われ、「ゲーム買ってもらえるなら仕方なく読むか」という気持ちで読書を始めましたが、そこから読書にはまり、誕生日やクリスマスのときは「怪人20面相シリーズの本が欲しい」とお願いしていたのを覚えています(笑)

中学に入ってからは、漫画『テニスの王子様』の影響もあってテニス部に入ろうと思いましたが、テニス部がなかったので仕方なくバドミントン部に入りました。

仕方なく入った部活でしたが、1年生大会に出場できなかったことが悔しく、中学2年生から地域のクラブチームに入りました。そこからは部活に行っては夜はクラブチームに行くバドミントン漬けの日々でしたが、とにかく楽しい毎日でした。努力している感覚もなくバドミントンに夢中でした。

高校に進学しても変わらずバドミントン漬けの毎日でした。1年生の頃から、先輩の練習メニューに「全然軽すぎます」と文句を言って代替メニューを提案するなど大変生意気な後輩でしたが(笑)、それが受け入れられるとてもフラットな環境でした。2年生になり、キャプテンに就任し、シングルス・ダブルスで近畿大会に出場するなど個人的な目標は達成できました。そこから「チームで勝ちたい」と強く思うようになり、後輩育成に力を入れました。毎日毎日「やる気ないやつは帰れ!」と何回怒ったか(笑)。でもそれくらい本気で取り組んでいました。本気が伝わったのか後輩も自主的にどんどん練習するようになり、部活にほとんど顔を出さない無口な顧問の先生も練習試合を積極的に組んでくださったり、人の「本気」は伝染するということを初めて実感しました。最終的には、滋賀県大会の団体戦で準優勝できました!

私が言える立場ではないですが、本当に生意気で手のかかる後輩ばかりでしたが、その分めちゃくちゃ楽しい高校生活を送れました。当時の仲間には本当に感謝です。

私のバドミントン生活は高校で終わりますが、「目標に向かって本気で仲間と取り組む楽しさ」はバドミントンから教わったと思います。

挫折も成功も味わった大学時代

大学では、英語ともう一つ専門的な何かを学びたいと思い、立命館大学法学部の国際法務コースに進学しました。クラスは30名ほどでしたが、大阪府の橋下前市長にプレゼンした人や帰国子女、留学経験がある人など自分とは全然住む世界が違うような人が多くいました。常に皆が意見を言い合う状況の中で「自分何も言えねえじゃん、何もできねえじゃん」と劣等感を感じ、ものすごく悩みました。

この挫折体験から「学校教育はこのままでいいのだろうか?」と疑問を抱き、初めて教育に興味を持ち、その後は様々な教育機関で4年間アルバイトしました。

ちなみにこの時の自分を助けてくれたのは「本」です。大学の図書館でたまたま『史上最強の哲学入門』(著:飲茶)を手に取りました。この本から哲学にはまり、「答えのない問いに対して納得解を出す」その大変さと楽しさを疑似的に経験しました。哲学のおかげもあってか徐々に自分の考えが言えるようになりました。

大学で一番思い出に残っているのは学園祭です。私は当時フェアトレードサークルに入っていましたが、フェアトレードを広めないといけないはずなのに、学園祭でこじんまりとカフェを開いている現状に納得がいきませんでした。そこで、2回生になったときに「フェアトレードファッションショー」を企画しました。先輩からは「やったことないやん。失敗したらどうすんねん。」と非難の嵐でしたが(笑)、最終的にゴリ押しで企画を通しました。通ったはいいものの、実働メンバーは4人(笑)。私はプロジェクトリーダーとしてプロジェクトのマネジメントとモデルの採用担当(念の為言っておきますが、下心は全くありません!笑)でした。準備は本当に大変で、せっかく2時間半かけて大学に行ったのに授業を受けない日も何度かありました(笑)。何度も折れかけましたが、仲間の支えのおかげで、なんとか当日を迎えることができました。
当日は会場満員で大成功!「変わりたい」と思ってモデルに応募した子が堂々とランウェイを歩く姿を見て、とても嬉しかったのを覚えています。何かを生み出す大変さと楽しさ、頑張ろうとしている人を応援したい自分の気持ちに気づきました。

大学でいろいろ経験しましたが、教育への想いは変わらず。日本の教育をもっと良くしたいと思い、文部科学省を受けることに決めました。現状を知ろうと10人の文部科学省の方にインタビューさせていただく中で、「これはなかなか教育は変えられない」と感じ、一旦教育とは距離を置くことに。教育以外に特段やりたいことはありませんでしたが、とりあえず厳しい仕事をして成長したい思いと、高校生の頃から金融・コンサル業界にも多少興味があったので、約30社ほど受けました。最終的に、大和証券(株)への入社を決意します。

自分の生き方に悩んだ3年間

2ヶ月の東京での営業研修を経て、いよいよ配属となりました。福岡支店を希望しましたが、残念ながらお隣の佐賀県に。福岡に行きたくて仕方がなかった私は絶望しました(笑)。本当に失礼ですが、周りに何もなく楽しみは同期と行く旅行くらいでした。田舎は嫌だという強い想いが芽生えたのを覚えています(笑)。
配属されて3週間ほどで営業がスタートし、インターホンを鳴らしては断られる日々が続きました。辛い時の方が多かったですが、営業自体はとてもいい経験になりました。いろいろ理由はありますが、「目の前のお客様を大切にしたい」想いから1年で転職しました。

転職先は東京にある(株)ワークスアプリケーションズ。未経験エンジニアとして採用され、研修でプログラミングを学び、システム開発に配属となりました。その後、すぐに新製品の設計に異動になりました。びっくりしたのは周りが本当に優秀な人ばかり。追いつくのに必死で朝から深夜までがむしゃらに働く毎日でしたが、意欲ある人と働くことはとても幸せでした。大きな不満があったわけではないのですが、親しい人が亡くなったことをきっかけに改めて自分の人生を見つめ直しました。

「教育」、「頑張ろうとする人を応援したい」を軸にwantedly経由でいろんな会社の人事の方と話しました。そんな中、たまたま見つけたのがFoundingBaseの教育魅力化CN募集の記事です。
「そんな仕事があるのか!」と驚き、早速人事に会って話したところ意気投合し、その後もイベントに参加したり、自治体の視察に行ったりする中でどんどん惹かれていきました。

地域で活躍しているメンバーを見て気づいたのは、自分はずっと「生産者」になりきれない、ただの「消費者」だったことです。東京に来てからも何かしたい想いはあったものの、多くのモノとコトで溢れている東京では行動できずにいました。消費の面で見れば、都会に比べれば地域は消費するものがない分面白くないかもしれません。でも、生産の面から地域を見れば全然違う景色が見えてくる。何か生み出したい・挑戦したい「生産者」にとったら地域は最高の場所だと感じました。

生産者に自分もなりたいと思い、FoundingBaseに入社しました。

FoundingBaseに入社し、豊後高田市へ

2017年10月から大分県豊後高田市に移住しました。
私は教育魅力化CNとして、豊後高田市唯一の高校である高田高校に席を置き、先生と一緒に教育活動の企画運営しています。魅力的な高校作りのため、総合的な探究の時間の企画運営や地域活動、高校の広報活動に力をいれています。また、津和野高校のグローカルラボを参考に、地域活動サークルを高校生と創設し、「実践して学ぶ」をモットーに様々な活動を行っています。先生と共に「地域学」や「職業人カイギ」、市内外での「フィールドワーク」などのキャリア教育に取り組んだ結果、その活動が評価され文部科学大臣賞を受賞することができました。

この2年半はあっという間で、楽しいこと苦しいこといろいろありました。
普段こんなことは絶対言わないキャラなのですが、自分がやってこれたのはFoundingBaseにいる「仲間」のおかげだと断言できます。

実は最近までの自分はとにかく「自立」に拘っていました。何が起こるか分からない世のなかで、何かに「依存」するのが怖く、自分自身が力をつけないといけないと、ものすごく「自分」に拘っていました。しかし、島根大学主催の「2019年度地域・教育コーディネーター育成プログラム」をきっかけに少し変わりました。ある先生が「自分にとって学ぶとは、学校や社会で生きる為の武器を手に入れることだったのかもしれない。学ぶことが誰かに先んじることの手段であったのかもしれない。 これから、私に必要なのは、戦うための学びなのではなく、協力し共に成長する学びなのかもしれない。それが自分に足りないものを補うことに繋がり、成長につながるのだろう。」と言ったことに共感する自分がいて、これまでの仲間の支えに気づき、改めて「共学共創」を考えるようになりました。
良い意味で自分について考える時間が減り、仲間やこれから実現したい未来について考えるようになりました。ある本で「これからは1つに依存する時代ではない。では、依存の反対は何か?それは自立ではなく、たくさんへの依存である。」という言葉を知りましたが、少しずつそのような状態に近づいている気がします。仲間を想い、仲間を頼り、仲間に頼られる。そんな関係性ができてきたと感じています。

これから

今は「使命感」を持って仕事をしています。FoundingBaseの仲間や地域の人、学校の先生や学生などたくさんの人を巻き込みながら、様々な人が教育に関わる仕組みをつくり、「新しい教育の町」を築いていきたいと思っています。

個人的に教育のキーワードとしているのは「可能性」です。

「何かできるかも!」ってときが一番ワクワクしませんか?
どんなことでも「可能性」を見出すことができれば人はワクワクして頑張れると思っています。
『アイデアは考えるな。』(著:柳澤大輔)という本を読んでから可能性について考えるようになり、Foundingbaseに入り地域で活動するようになってからより深く考えるようになりました。
地域では自分1人で何かを実現するのは難しい。必然的に様々な人と協働し、共創していく必要があります。壁にぶち当たるときも多いですが、そんなときこそ可能性を創り出す努力をしています。人生も同じです。楽しくないこと、難しいことをしなければならないときもありますが、「どうやったら自分が楽しめるか」、「どうやったら実現できそうか」を考え、試行錯誤していくことが大切だと思っています。そして、1人で考えてダメなら仲間と考える。仲間と一緒に乗り越えていく。

自分がそれを体現することももちろんですが、生徒や地域の人がそのような経験をできる機会を少しでも多く作り、「可能性を自ら創り出せる人」がどんどん増えていけばいいなと思っています。

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