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“失敗”できるのが強み。ビジョンも意志もなかった会社が見出した世界へのまなざし

エンターテインメント関連の事業を中心に展開するWanoグループのなかで、ポイントモール事業やシステム開発など、独自の事業を担うEDOCODE。Wanoから分社化する形で誕生したこの会社を率いる田村鷹正の姿を通して、今にいたるまでの苦悩と、その先に描く未来をひも解きます。

新卒2年目、異例の早さでマネージャーに抜てき

田村とWanoの出会いのきっかけは、彼の前職時代にさかのぼります。2006年、田村は新卒としてアドウェイズに入社。この年、ちょうど同社は東証マザーズへの上場を果たし、勢いに乗っていた時期でした。いわゆる“上場メンバー”として他社に引き抜かれる先輩社員もいたなか、入社1年目の田村にもヘッドハンティングのオファーが多数舞い込みました。いっときはアドウェイズを退職することを考えたといいます。


田村「岡村(陽久氏、アドウェイズ代表)さんに転職の意志を伝えました。そうしたら『それが田村くんらしい選択ならいいんじゃない?』と言われて。そこで、今アドウェイズを辞めることが自分らしい選択なのか改めて考えたら、自分らしくないなと。こんな短期間ではまだやりきっていない、何も学んでいないと思ったので、残らせてもらうことに決めました」

その後、田村は入社1年3カ月という早さで40人の部署を率いるマネージャーに抜てきされます。抜てき人事がひとつの社風になっていた当時のアドウェイズのなかでも、期待株として周囲から見れば順風満帆な社会人生活のスタートを切っていました。

田村「マネージャーになったのが24〜25歳のころで、会社の経営会議にも出させてもらっていました。そのなかでも一番若かったのに、だいぶ好き勝手言わせてもらっていましたね」

田村はそこから2年間、アドウェイズでマネージャーとしての仕事を続けることになります。しかし、順調に仕事を進めるなか、ある漠然とした不安を抱くようになりました。

田村「ふとしたときに思うようになったんです。評価して任せてもらえたのはとてもありがたいけれど、経験も浅い自分がこのままマネージメントを続けていいのかって。40歳になったら何ができるようになっているんだろうという漠然とした不安、自分が本当にやりたいことをもっと探したいという気持ちが出てきました」

そんなとき、他部署ながら仲良くしていた先輩・野田威一郎、そして田村の最初の上司だった谷本啓が立ち上げたWanoからの誘いを受けたのです。

元上司・先輩からの誘いに「対等な立場ならやります」と答えた

田村がWanoへの参画を決めたのは、自分がより意義を感じる仕事へのイメージが形を持ち始めたからでした。

田村「これまで広告の仕事に携わり、自社のサービスで成功するクライアントを間近で見るなかで、想いを持ってサービスやプロダクトをつくり、それが世の中で認められる方が面白そうだなと感じるようになりました。つくる側に行ってみたいなと。そんなときでした、野田と谷本から会社の立ち上げメンバーとしての打診があったのは。

正直に言うと、『音楽業界やエンターテインメント業界を変える』というミッションに対して、野田たちほど強い想いはなかったです。けど、何か新しいものを自分たちで生み出したい、という強い想いを持つこの人たちとだったら絶対に面白いことができる、直感でそう思いました。だから『対等な立場で入れてもらえるんだったらやりたい』と伝えて、取締役として参加することになりました」

実は学生時代、友人のバーを手伝っていたこともある田村。卒業後、そこで働き続ける選択肢もありましたが、「友人の夢に乗っかるのではなく、自分がやりたいことを見つけたい」との想いからアドウェイズに入社した経緯があります。

Wanoへの参画も、ビジネス経験や自分自身との対話を積み重ねるなかで、「より自分がやる意義を感じられること」に近づくための、次なるステップだったのです。

当初からWanoは、クリエイターを支援する事業を模索していました。しかし、まずは会社を存続させるために、役員がそれぞれ業務委託という形で仕事を持ち寄り、資金をつないでいる状況でした。

田村「エンタメとか音楽の事業をつくるぞって言うんですけど、やっぱり最初からうまくいくわけではないんです。なので当時は広告コンサルやシステム開発などもしていましたね。

でも、そのうち資金を得るために始めた事業が成長してきて。人も増やさないといけなくなって、どんどん大きくなってくる。そこで僕が、収益事業のひとつだったポイントモール事業やシステム開発事業を見ることになったんです」

その後、田村が見ていた事業は軌道に乗り、パートナーであったデジタルガレージから出資を打診されるまでに成長。これを機に、エンターテインメントを事業とするWanoから、開発事業を分社化させる決断をくだします。こうして、2016年にデジタルガレージとWanoが共同で設立したのがEDOCODEだったのです。

収益事業だからこそ直面した、「ビジョンがない」ことへの悩み


EDOCODEが着実に前進する一方、スモールスタートで始まった事業が予想以上に順調に成長したことで、新たな課題が生まれました。

田村「メンバーも開発にプライドを持ってやっているからこそ、EDOCODEは成長し続けていました。ただ、もともと収益事業として始まったので、事業のビジョンとか、どう拡大してくかみたいなものは僕にもメンバーにも明確になかったんです。

主力事業のポイントモールは、Wanoグループの収益源としても重要である一方、『なぜやるのか』を内側から意味付けすることはできていませんでした。

EDOCODEの強みは何で、なんのためにある会社なのか、社員にも説明できないし、メンバーから『本当にそれやりたいんですか?』って聞かれたときに、『なんとなく』としか答えられないなら、代表になった意味もないなって。当時は悩みましたね」

事業の順調な成長とは裏腹に、会社のあり方で模索の日々が続いたEDOCODE。そのなかで田村は、ある“強み”に気づきます。

田村「金融系の大手企業を筆頭に、創業時から名だたるクライアントとの取引があって、自己資本で運営できていること、そしてポイントモール事業という安定した収益を生む事業の基盤があり、今後の飛躍も期待できることが他社とは違うと気づいたんです。こんなことは普通のスタートアップにはなかなかない。

だから、僕らは『失敗ができる』こと、つまり、大きなことにチャレンジし続けられることが一番の強みだと気づきました。

その強みがあるからこそできる、自分が心からやりたいと思えることをビジョンにできたら、メンバーにきちんと伝えられるんじゃないかと考ました。そこで、自分だったらどういう場面を見たら嬉しいかを考えたときに、日本でも海外でも、自分たちがつくったプロダクトが普通に使われている、そしてそのプロダクトがあることで生活の何かが格段に便利になっているという状態を見ることができたら、ワクワクするなって。純粋にそう思ったんです」

収益にとらわれずに、自分たちの目指すところをとことん突き詰めていこうーー。田村は、そう決意しました。

田村「もちろんAIとか VRとか、この業界にいるとそういった最先端の技術を前面に掲げた会社を横目に見る思いも少しはあります。でも、僕たちにとって技術は手段。そのために必要なことにフォーカスする。AIなどの技術が必要ならば手段として取り入れていく、そんなものづくりにこだわる会社にしようと決意したんです」

コーポレートサイトにも書かれた、「本当にやりがいを感じて取り組めるのは『お金稼ぎ』ではなく、世の中からの手応えを感じられる事業」という言葉。ここには、そうした田村の想いが込められています。

EDOCODEだからこそできる「世の中を前に進める」プロダクト

自分たちの事業が存在する意義、会社として進むべき方向性を見出したEDOCODEはビジョンを「世の中を前に進めるプロダクトをつくる」と掲げ、その実現に向かって歩みだしました。世界中で使われるサービスのなかでも「社会のインフラになるようなものを生み出したい」と田村は語ります。

田村「昔でいうと電気、今はソーシャルメディアやメッセージアプリなどのWEBサービスもインフラとして機能しています。テクノロジーの進化によってどんどんと便利な世の中になり、一昔前から生活環境も大きく変化しました。進化するスピードも速くなっているので簡単なことではないとは思うんですが、そこに挑戦をしていきたいです。

実際に、まだ個人間でのコミュニケーションでメールが主流だったころに、メッセージアプリをWanoでも開発したことがあるんです。プロトタイプまで開発したんですが、どうも送受信のテンポがイメージ通りじゃなかったんですよね。

聞くと、ポンポンメッセージをやりとりできるようにするには、どうやら会社が倒産するくらいのレベルでサーバーを増設しないといけないことが分かりました(笑)。WanoとしてもTuneCore Japanなど事業が走っていたので、そこで止める判断をしたんです。

その後すぐですね、LINEがサービスを開始して、数十億円の広告費をかけたCMがすごい勢いで世の中に浸透していきました。悔しい思いもありましたが、そこで止めたのが正しい判断だったなと。

事業としては形にできませんでしたが、世の中を一歩前に進めるようなプロダクトづくりに挑戦できた経験は、今のベースになっています。でもなにより、どの会社がやろうと、メッセージアプリが普及して便利だなとユーザー目線で感じたことを自分たちのプロダクトで解消しようとした姿勢は今のベースになっています。たんです。次はEDOCODEのプロダクトで世の中を便利にして世界にインパクトを与えたいですね」

そう語る田村が、次に着目するのは「個人情報の管理」です。

田村「まだ構想段階ではあるんですが……パスワードの管理ツールが最近出ていますが、同じように個人情報も登録先のサービスや団体ではなく登録者本人がまとめて管理できると、世の中を前に進められるんじゃないかと思っています。

たとえば、しばらく使っていないECサイトのアカウントを消したり、引越しの時に住所変更の手続きをしたり。これは基本的に登録先に変更や削除を申請しなくてはならなくて、自分の情報なのに本人がコントロールできない。こういったものを、一括で管理できたら便利ですよね。しかも、この悩みは日本だけのものじゃないと思うんです。

EDOCODEは収益性ありきではなく、自分たちのプロダクトが社会にどんな価値を提供できるか、世の中にどんな変化を生み出すことができるかを第一にしています。世の中にまだない、チャレンジングなアイデアであればあるほど、より大きく世の中を前に進めることができる、その気持ちでこれからも挑戦を続けていきたいです」

創業時の田村は、会社として進むべき道が決まっていないことに悩んでいました。しかし、会社の強みを見つめ直し、現実をふまえたうえでビジョンをつくり上げたからこそ、描ける未来がある――現在の田村の言葉には、そのような想いが込められています。

2019年3月現在、Wanoグループには、何かをつくって形にする、というゆるやかなビジョンのもと6社が集まっています。進化するWanoグループの一員として、EDOCODEは世界を見据え、世の中を前に進めるサービスを提供し続けていきます。

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