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D4C.のだれかれ vol.6

貴島 一義。Webディレクター。D4C.唯一の純関東人。
温和な性格で、誰のどんな質問にも丁寧に答えるホスピタリティを持つ。しかしながら、噂では「貴島」の「貴」が「鬼」に変わり、「鬼島」となる瞬間があるという。まだ、誰もその姿を見たことはない。二児の父、子煩悩。漫画、アニメ、ゲーム、一狩りを嗜み、焼き肉では肉を焼かない。

PCのやりこみ要素は、半端じゃない。
小さい頃から、コンピュータにのめり込んでいた貴島。小学生の時、ファミリーコンピュータを買ってもらってから特に好きだったのは、RPG系のゲーム。1周目をクリアし終えると、2周目は自分でルールをつくり、何度でも遊んだ。中学生になると、スーパーファミコンが全盛期へ。アクションゲーム、カート型の対戦ゲーム、格闘ゲーム…。そして、フィールドはそのままゲームセンターへと広がり、お小遣いが続く限り、ゲームをして遊んだという。この時代にeスポーツなる言葉があったら、プロのゲーマーになっていたかもしれないと、当時を振り返る。

そして、大学に入学する頃には、自宅用にWindows’98を購入。ダイヤル回線を使って、インターネットの世界に身を投じるようになった。とにかく、様々な情報発信ができるという点が、ネットに面白みを感じるポイントで、家にいながら、色々な人とコミュニケーションが取れることは衝撃的だったという。チャット部屋でリアルタイムにつながったり、自作のホームページをつくったり、掲示板、キリ番、バナー…。つくるということが楽しくて、自分のホームページにポエムを載せていたという黒歴史も持つらしい。ハマったらトコトンやり尽くす。そんな貴島に対して、コンピューターは終わらないやりがいをつくったといっても過言ではない。

D4C.と焼き肉。
大学卒業後は、IT系の中小企業に入社。そこで、モバイル検索エンジン開発のディレクションに携わる。しかし、せっかくならもっと「つくる側」になりたいと感じるようになり、同社を退職。ある大手広告代理店へと入社し、ディレクターとしてWebを中心にさまざまなクリエイティブに携わった。そこで、出会ったのが、森岡、木村、桝井、だった。その3名と同じく、リーマンショックを機にその大手広告代理店を退職することになるが、いかんせん、「自分は手を動かすことができない」という想いが強かった。ディレクションは身についたものの、仕事でソースコードを書くには、自宅でやっていたホームページ制作程度のスキルでは到底足りない。自分に確かな力を身につけるために、3人とは別の道を歩くことになる。

退職金をつぎ込んで、Web制作の専門学校に通うことにした。そして1年後、様々な制作ツールの使い方を覚え、コードを書いてWebサイトを構築できるようになった。さぁ、転職活動だという時に「うちのホームページつくってよ」と声を掛けてきたのが桝井だ。仲間からの依頼、自分の腕を試すにもちょうどいい。二つ返事で請け負った。報酬は焼き肉だったという。それから、バイト感覚でD4Cの仕事を受け続け、気がつけば、一員になっていた。

「可能」を、ブランドにする。
D4C.は、デザインに強みを持つ会社だ。日本を代表する企業の仕事を依頼いただくことも多い。そこにつきまとうWebは、これから先、ますます複雑になっていく。1年経てば技術は変わり、トレンドは過去のものになる。要望がどんどん高くなる中で、クライアントとの様々な折衝も熱を帯びてくるだろう。でも、答えは絶対にあるし、その答えにたどりつく過程こそが、成長の軌跡なのだと、貴島は語る。クライアントの期待をいかにWebで表現できるか。どんなに新しい要望が出てきても、簡単にできないとは言わせない。D4Cなら、できる。次に入社する方とは、そんなWebにおけるD4Cブランドをつくりあげていきたいと言う。やはりこの仕事は、やりがいが尽きることはないらしい。

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