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【CEO×CTO 対談】大学時代のインターンで出会ってから10年。創業に至るまでの経緯、互いの強み・弱み、会社の未来について。

こんにちは、AGE technologiesの広報担当です。

今回は、CEOの塩原さんとCTOの黒川さんに、対談形式でお話しいただきました。共に関西の大学出身で、就活中のインターンシップで出会い、その後共に上京した2人。

どのような経緯で共同創業まで至ったのでしょうか。互いの印象や、強みや弱み、またAGE technologiesの今後について、色々語っていただきました!

ーおふたりは、いつ頃、どのようなきっかけで出会ったのですか

塩原:大学3年生の春、20歳の時ですね。もう10年前か。。

黒川:そうそう、ちょうど10年前。

僕らの時代は、大学3年生の12月に就活サイトが解禁、そして意識が高い学生は春頃から就活の準備をしていました。ちょうど6月頃、周りのみんながインターンシップに行き始めたタイミングで「僕も行かなきゃ!」と思って、焦って色々探し、とある会社のインターンシップに応募しました。

選考の結果、4人の学生が選ばれて、その内の1人が塩原でした。

当時のインターンシップって、いわゆる「1dayインターン」もしくは、週末を使って土日で開催するタイプの短期インターンが多いなか、僕らが参加したのは「半年間の長期インターンシップ」でした。内容も、選ばれた学生4名とメンター1名の計5名だけで「事業を立ち上げる」というかなり攻めた内容のプログラムで、活動期間中も時給が発生する、いま思うと画期的なインターンシップでした。

塩原:そうそう。内定後に実施する、いわゆる「内定者インターン」を除くと、長期で、しかも有給で参加できるインターンシップは少なかったよね。

ー初めて会ったときの印象はお互いにどうでしたか

塩原:最初は「真面目そうだな、大人しい感じなのかな」という印象でしたね。

ただ、実際にインターンが始まり、ミーティングなどが開催されると、自然と黒川が仕切る場面が多く、「全然大人しくない、仕切り上手だな〜」と思うようになりました。

僕も大学などではよく仕切っていた方だったのですが笑、黒川が仕切ると議論がうまく進むので、自然に溶け込むことができました。とはいえ、就活生って意味ではライバルだし「彼に勝てるとこはどこだろう」とよく意識してました。

黒川:僕は「自分とは異なるリーダーシップの発揮の仕方をする人だな」というのが第一印象ですかね。

僕はまず道筋を立て、それぞれの意見を出し合い、そしてまとめ、議論を正解に導くタイプ。一方塩原は、どちらかというと熱量で持っていくタイプ笑。ただ、どちらも各々のやり方でうまく仕切っていて、インターンの選考でグループディスカッションが実施されたのですが、就活生のグループディスカッションとかって、話しているうちにフワッと中心人物が決まるじゃないですか、お互いに「こいつやりそうだな」と頭の中で意識し合っていたのを覚えています。

塩原:実際にインターンが始まってからは、議論で揉めるとかは一切なく、むしろ「イチ言えばジュウ伝わる」くらいの感覚で、他のメンバーとも仲は良かったですが、特に黒川とは阿吽の呼吸が取れたというか、相性が良かった記憶しかありません。

とはいえ、じゃあ一緒にご飯に行ったり、遊びに行ったりする仲かと言われればそうではなく、根本の価値観とかは似ていても、やっぱり20歳でいきなり出会ってるので、趣味とかは全く違っていて、プライベートではほぼ会ってなかったですね。

黒川:それは今でもそうだね。笑

塩原:確かに。笑

ーその後はどういった関わりがあったのですか

黒川:大学3年生の冬にインターンが終わって、その後は就活が本格開始されたのですが、お互いに目指している業界が全く異なっていたので、インターンの後はしばらく会わなかったですね。

塩原:そうだね。結局黒川は大手SIerに、僕はIT広告代理店に就職が決まり、ちょうど大学4年の冬くらいに僕から連絡したよね。そこで多分、初めて2人でご飯に行きました。

黒川:行ったね。何を話したのか全く覚えてないけど、塩原からお決まりの熱い話しをされたのを覚えています。笑

それから2人とも大学を卒業し、就職先が2人とも東京だったこともあり、就職してしばらくしてからまた塩原が連絡をくれて、ご飯に行くようになりました。

塩原:覚えてる!新宿のお好み焼き屋ね!

その時既に僕は「会社辞めようかな〜、起業するか?」と漠然と考えていて、黒川と久しぶりに近況報告したくなって、ご飯に誘ったのを覚えています。

ー東京で再会されてから、すぐ起業されたのですか

塩原:いえ、すぐではないですね。起業したのは東京で再会してから、5年後とかです。でもその間、全く連絡を取っていなかったかというと、そうでもないです。

実は2018年に今の会社を創業する前に、友人同士で集まって、趣味の延長線上でWEBサービスを作ったりという活動をしていました。その時に、既にエンジニアとして働いていた黒川も誘って、同じチームで活動していました。同世代のメンバー5,6人で集まって、色々なプロジェクトを回していたのですが、全然上手くいかなくて。その時は結局「一部解散」という形になって、僕も黒川も抜けることになったんです。

その数年後に、会社を辞めて本格的に起業するタイミングになった時に、また黒川に連絡をしました。「やりたいアイデアと方向性も決まっているから会おう」って誘った気がします。そこからは結構な頻度で、土日とかに会議室とか借りて会うようになりましたね。

黒川:そうそう、事業領域やプロダクトの種を塩原が考えてきて、「とりあえず作ってみよう」っていうのを、継続的にやってましたね。

塩原:僕が事業計画っぽいものをパワポで作って送ったり、黒川の家まで行って実際に画面触ってるの横で見たりとか、頻繁に会っていましたね。

黒川:僕視点で当時の状況を少し振り返ると、塩原は最初の会社を辞めた時点で、そこからずっと起業まで秒読み状態という感じでした。

最初はサイドプロジェクトとして、次はスタートアップのいちメンバーとして、その次はネタ探しの為の非IT領域への転職と、自分の会社をつくる為に着実に準備をしていた記憶があります。その準備が進んでいるのを、ずっと肌感で感じていました。

塩原さんの創業経緯はこちらの記事に詳しく書かれています

僕は「いつか一緒に働く」と思っていたので、それに合わせて準備をしていました。当時エンジニアになって3年程度だったので、まだたいしたキャリアじゃないんですよ。だからその平均値を超える動きをしたいなとは結構思っていましたし、塩原の話には常々刺激を受けていました。

塩原:でも最終的に「共同創業者」になるというのはやっぱり大きな壁があったよね。土日に集まってプロジェクトを一緒に進める仲の良い友達と、共同創業者になることは、重みの部分で全然違うからね。

黒川:それはおっしゃる通り。

塩原:だから僕は僕で、「いつどのタイミングで本気で誘うか」は結構考えていました。定期的に会ってはいましたが、中途半端に誘って失敗して逆に友達でいられなくなるのも嫌ですし、考えましたね。

ー結果的にどのタイミングで黒川さんを誘われたのですか

塩原:2018年の冬頃、創業前にプレシードで資金調達をしたタイミングですね。過去に友人と進めたプロジェクトで失敗してきた経験から、まずリソース(この時は資本)の確保は大事だと思っていました。

黒川:そうですね。世の中には趣味のプロジェクトが成功している人もたくさんいらっしゃるとは思いますが、僕たちが過去に上手くいかなかったのは、お金がない、時間が割けない、時間が割けないとどんどん気持ちが冷めてしまう、冷めていってしまってどんどん分散してしまう、という負の連鎖が起こっていたからです。

塩原:本当にそう。20代くらいで「いつか起業したいね」って、土日にアイデアをだすために集まるみたいなことをやる人って結構いると思うんですが、なかなか会社をたちあげるまではハードルがある。結局、誰かが腹括って踏み出さないといけないんですよね。そうじゃないと黒川が言ったみたいになる確率が高い。

黒川:そうだね。

結果的に、創業前の資金調達を機に塩原から本格的にオファーをもらいました。ただ実は最初の1年くらいは副業でして、「ここにがっつりベットするべきだ」と思ったタイミングでフルコミになりました。

塩原:僕は「会社をやるなら、絶対黒川と一緒にやる」って決めていたので、創業期のタイミングでフルコミ参加できないのであればもういい、みたいな考えには至らなかったですね。

本当に一緒に働きたい人に対しては、ずっとアプローチし続けるしかないと思っていたので、どういう働き方だろうと、ゼロ回答でない限りは一緒にやろうと思っていました。

黒川さんのジョインの背景はこちらの記事に詳しく書かれています

ー起業されてから、特に大変だったことや嬉しかったことを教えてください

黒川:フェーズによって差はあれど、誤解を恐れずいうと、いつも大変だし、しんどいなって思っていますね。笑 自分の能力の限界を超えたパフォーマンスを常に要求されるので。

塩原:僕は少し抽象的な話になってしまいますが、「商売をしないといけない」ということを突きつけられたタイミングですね。まず前提として、僕も黒川もプロダクトとかサービスをつくるのが大好きなんです。そこに関しては、大変なことも含めて全部楽しい。

ただもちろん会社をやってる以上、サービスを提供して、その対価としてお金を受け取って、利益を出す必要がある。僕も黒川も、会社を経営したことはなく、親が経営者とか、実家が商売をやっているとかでもありません。

それが故に、創業期の「サービス作り」に没頭していた時期から徐々にフェーズが進み、「僕らがやっているのはビジネスであり商売だ」ということを全面的に突き付けられた時は、色々考えましたね。今となっては至極当然のことなんですけどね。

黒川:たしかに。お客様ができることはとても嬉しかったことである一方で、その瞬間から僕たちの仕事の仕方や求められるものがガラッと変わって、それは大変でした。

創業期は、プロダクトの改善だけに何時間でも議論出来るのですが、お客様ができるとそこに追加してお客様対応をすることになります。もっとも、僕らのサービスの場合は煩雑なオペレーション業務も発生する。自分たちがまだ未熟なせいで、ご期待に沿うようなサービスを提供出来ずお叱りをいただいたり、お客様対応だけで気付いたら夜になっているとか、本当に大変でしたね。

塩原:そこは僕の経営力不足が全面に出た部分でもある。色々もっと前倒しで構築できたからね。なので、大いに反省しています。もし万が一、2回目起業することがあったら上手くやるから、任せてくれ。笑

黒川:期待しています。笑

逆に嬉しかったことは、「初めてサービスの対価としてお金を受け取った瞬間」ですね。お金が支払われたという通知が来て、階段を一気にかけおりて、1つのパソコンを皆でみた記憶があります。その瞬間はすごく嬉しかったですね。

塩原:スタートアップの映画っぽいエピソードだね。笑 でも僕も1番嬉しかったのはその瞬間かな。やっぱり、自分たちが世の中に今までなかったサービスを生みだして、それを必要とする方に提供して、そこにお金っていう対価をちゃんともらったというのがすごく嬉しかったです。

あ、でも、もう1つ嬉しいことありました!早稲田のオフィス!笑

2020年の2月に早稲田のオフィスに移ったのですが、それまではシェアオフィスを使ったり、あとは僕の「自宅兼事務所」だったりしたので、専用のオフィスができた時は嬉しかったですね。マンションの1室でしたが「会社っぽくなったなー」と感じました。嬉しかったな。

ーお互いの似ているところ・異なるところを教えてください

塩原:学生時代のインターンの時から思ってはいましたが、「先を見通してロードマップ引く」みたいな仕事の進め方?は、似ているところだと思います。最初にきちんとゴール(目標)を決めて、そこに向かう道筋を設計し、走っていくところ。

黒川:そうだね。タイムライン的な話でも、概念的な話でも、到達するべき場所や抽象概念を出したうえで、砕いていくのは2人とも好きだし得意ですね。

あとは、システム開発にしろ事業開発にしろ、プレイヤーとして最大限、自分が良い環境で仕事しているときの「馬力の強さ」も似ているところかもしれないですね。もちろん、経営者としてそれだけではダメですが、特に創業期はお互いの異なる分野・強みでの「馬力」に会社は何度も救われたと思います。

塩原:たしかに。その2つは結構似ている気がしますね。

抽象的なところであげると、ビジネスや事業における「面白い・クールでカッコいい」というような、価値観の部分がすごく合っているなとも思いますね。いわゆるセンスってやつですかね。

黒川:そうだね。それは昔からそうかも。

塩原:逆に異なるところは、性格的な部分ですかね。

黒川の方が、どちらかと言うと、他者を受け入れる力が強いと思っています。結構「他人の意見をきちんと聞いているなー」と思うことが多いです。僕は「自分の意見で押し切ってしまうこと」も多く、その辺は異なる面ですね。

黒川:はいはい、それはある。

まあ僕視点で話すと、塩原は「自分で決めるけど、その責任を自分で取るのがすごく上手」なんです。一方で、僕は結構周りの様子をみてしまう時がある。

あと塩原は、「仕切り直し力」が強い人間だと思っています。「昨日〇〇って言っちゃったしな、、」というのを一切抜いて、ちゃんと向くべき方向に舵を取れるのは、僕とは異なるところだと思います。

塩原:朝令暮改ってやつね。それはもう確実に原体験があって、かなり意識してるからだと思う。

スタートアップ(特に創業初期)っていう変化の多い環境では、昨日決めたことでも、今日間違っていると思ったらすぐ変えないとズルズルいってしまう。スタートアップにとってズルズルいくのは、命(資金)がどんどん削られていくことだと思っているので、とにかくこまめにジャッジして、物事を然るべき方向に変えていく、ということは常に意識しています。

黒川:まさに弊社の2つの目のValue(行動指針)である「違和感を見逃さない」は、塩原のこういった性格の部分をそのまま反映させた形になっています。

塩原:そうだね。

ただ一方で「諦め早い」みたいなのは全然ダメだと思うから、この「決断の質やタイミング」はいまでも何が正解か分からないし、本当に難しい。ただ「何も考えず、何も決めない(≒現実逃避)」だけは絶対にやってはいけないかな。

黒川:なるほどね。

話を戻すと、似ているところと異なるところがあることで、お互い補完し合うところや強め合うところがありますね。最近、僕も責任をもつことが多くなってきているのですが、僕の決めたことで何人もの人が動き方を変える状況になって、塩原のやってきたことを改めて見習いますね。良い影響を受けている気がします。

塩原:補完し合っている話でいうと、経営していくなかで似てきたという点もあります。

会社を経営していくにあたって、時には「ドライな判断」が必要じゃないですか。元々2人ともそこまでドライなタイプではなかったのですが、経験を経て、黒川が出来ていないときは僕が、僕が出来ていないときは黒川が補完して、うまくここまでやってきている感じはありますね。

黒川:たしかに。

ーこれからAGE technologiesをどんな会社にしていきたいですか

塩原:最近、採用広報を本格化したり、積極的にメディア露出を目指すなかで、これまでの3年半を振り返る機会がとても多くて。

これまでを振り返ってみると、本当に「歴史」だなと思うんです。こんなに歴史が浅い会社でも、たくさんのエピソードや、転換期がある。これって今後も続くわけで、少しクサい言い方ですが、まさに「歴史を作っている」感覚があります。これって成長を目指している会社でしか体験できないことで、大げさな言い方ですが、自分たちも歴史の一部なんだなと体感しつつ、日々の変化を楽しみながら良い会社にしていきたいと思っています。

これまでの3年半のうち、約2年半はほぼ創業メンバーの4名だけでやり切る、事業立ち上げのフェーズだったのですが、この1年間で関わる人がプラス15~20人くらい増えたんです。そんななかで、やっぱり事業だけが魅力的でもこれから先のスケールは難しいと思っているので、「良い会社」をその前段に持っていきたいです。

「良い会社で、良いメンバーが、良い事業をしている」という状態を作ることに全力を捧げたいです。

黒川:僕もこれまでを振り返ってみると、「あの時めちゃくちゃやらかした」と何度も思います。それだけ変化しているってことなんだろうけど。

しかもその変化って成長痛と似ていて、振り返ると美談になるけど、その時は本当につらいし苦しいんですよね。オペレーションにしろ、プロダクトにしろ、単純に何かを変えるのって大変なんです。だけど、それがあったから今があるということもあるから、毎年変化がある会社でありたいですね。

ただし、山の頂上に置いた、壮大なミッション「高齢社会にテクノロジー革命を起こす」は一切ブレずに、そこまでの道のりを、変化しながら進んでいきたいですね。

塩原:間違いないね。いつか頂上が見えるのかな。

黒川:あと僕はそれに加えて、「学ぶ会社」にしたいですかね。他者にであれ、市場にであれ。

僕らでもまだまだやらなくてはいけないことがあって、それは歴史や先輩に学んでいかないといけない、と思っています。また、チーム内でも、まだ世に無いものを創るうえで、足りていないスキルや考え方を学び合っていきたいです。それをプロダクトという形で世の中に開示・提供して、対価としてお金をいただくのが僕は会社だと思っているので、他者に学ぶ会社にしていきたいですね。ちょっと技術者っぽい視点かもしれないですけど。

塩原:「知識をもって創造する」という3つ目のValueがあるからね。

創業何十年の会社に比べたらまだまだ生まれたばかりの会社なので、こういった日々変化の多い業界・会社にチャレンジ出来る方が来てくれたら嬉しいなと思っています。

歴史に名を残すチームを一緒に創りましょう!

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おふたりともご協力ありがとうございました!!!

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