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日本の教育はどこに向かうべきか?〜大学入試改革失敗から考える〜

先日の日経新聞にこのような内容が掲載され、国内の教育関係者だけでなく日本のビジネスマンの多くが現在の教育について興味を持つきっかけとなりました。

ついえた大学入試改革 自己変革できぬ教育の弱さ

本記事の内容によると、"大学入試に関する文部科学省の有識者会議が30日、大学入学共通テストでの記述式問題と英語民間試験の導入は現時点で困難とする提言案をまとめた"とのことです。

その理由として、"改革の理念という総論には賛成でも、高校は年間の行事日程や進路保障、大学は学生確保といった自己の都合にこだわり各論で反対理由を列挙する"ことが挙げられています。

記者はこの現状に対して失望感を抱いた書き振りでしたが、正直私は全くといっていいほど落胆していません。それには2つ理由があります。

1つめは、そもそも官の力がそこまで強くないため、改革などできないと思っていたからです。明治政府が発足して富国強兵に努めるようになって以後、日本の教育は政府および国策企業に入社して業務を遂行するような"優秀な人材"の育成を高等教育・大学教育のゴールとしてきました。

いわば、国が伸ばしたい産業から逆算してそれらの教育が組まれていったわけで、そうなると当然官の力が強くなります。加えて、上記のキャリアを実現することが豊かな生活に繋がったわけですから、「勉強しろ、そうすれば豊かな人生を送れる」という謳い文句で学校、生徒、親、官の皆がまとまったわけです。そういった時代であれば教育改革は容易であったでしょう。

しかし、今は違います。今は国策企業がどんどん民営化され、国を引っ張るのは民間企業となっています。小さな政府が実現したことで、官は経済界に対しての影響力をかつてほど持っていません。

そして、経済界が欲しい人材から逆算されるようにしてカリキュラム設計される教育界においても、当然それに倣って官は影響力を減少させています。現代においてはキャリアの選択肢が多様化し、そこから逆算される教育機関もそれに倣って多様化され、それぞれの教育機関がそれぞれの理念と教育目標をもとに最適化しており、現場ではそういった最適戦略に基づいた運営がされています。

このような状態で、力の弱い官が何をいったところで、それは影響力を持たないというものです。

2つめの理由は、そもそも今回の大学入試改革が教育を抜本的に変える、などとは全く思っていなかったからです。記述問題が中心となったとしても、結局は共通テストという形で画一化した答えを求めるわけで、それは現状の教育を何一つ根本的に変えることはできません。

そもそも、教育の語源はラテン語でeducatioであり、それは引き出すことを意味しています。それぞれの個性を引き出し、それを強化して形にする。いわば、それぞれの「個性」を「正解」にするのが教育であり、「他人から」正解や評価が与えられるものではありません。その点で、国が主導して共通のテストを導入したからといって、結局そこには他人が決めた正解があるわけで、教育の根本は何一つ変わらないと思います。逆に言えば、教育を根本的に変えるなら、原点に立ち戻るしかないと私は考えているということです。

そしてこの教育の原点、つまり個性を引き出して強化し正解にする教育に立ち戻る必要性は、人生100年時代となった現代において、ますます重要になってきているように思います。昨今のコロナ不況にともなうリストラから分かるように、有名な〇〇会社に入り、そこで言われたことだけをやっていれば安泰、という時代はもう終わりました。逆の言い方をすれば、「国から」「企業から」「大学から」「高校から」「予備校から」言われた通りのことを愚直に真面目にこなしているだけだとバカを見る、という時代が到来しているとも言えます。

こんな時代に生まれた私たち、そして今後生まれてくる若者はどうすれば良いのでしょうか。どのような力や素養を身につければこの時代を逞しく強かに生きていけるのでしょうか。

その答えが、戦略的発信力を身につけることだと私は考えています。この時代に個人に求められるのは、「自分のキャリア、ひいては人生をデザイン」し、「それを実現するために最適な進路・方法を情報収集によって手に入れ」、その手段を達成するために他人への戦略的な情報発信によって「他人から見た自分の認知を形成していく」ことに他なりません。

そして面白いことに、今の大学入試も就活もこの力を評価するようにできているのです。大学は総合型選抜や公募推薦という形で、画一的な答えを叩き出す人材だけでなく多様な人材を取ろうとしており、すでに一般入試での合格者数よりもそれ以外の形の入試形式での合格者数の方が多くなっています。

就職活動も同様で、自己PR動画を撮影して送ったり、自分らしさをA4の紙にイラストを含めて記載して提出するなどの多様な選考方式が生まれてます。これまでのように高校・大学・その他予備校でもらった画一的な答えを提出したところで、太刀打ちできない時代が来ています。

それよりも、ありのままの自分を「相手にとっての正解」に見せ、そのことを文章や面接などで発信することで他人を説得して動かしていくことが求められています。これこそがまさに戦略的発信力であり、自分の人生の理想を実現する強力な手段であり、人生100年時代に必要なものであると私は考えています。

では、この戦略的発信力を高校生や大学生などのこれからのキャリアを考えていく年代に落とし込むとどうなるのかについて、私なりの考えを示したいと思います。

上記の図が、私の考える戦略的発信力養成カリキュラムの全体像です。この戦略的発信力は主に、情報の収集、情報の加工、情報の発信という3つの力によって構成され、大学生になるにつれてより高度な情報操作能力が身につくようにしていくと良いと思います。

ちなみにこの力は、日本が今後世界でのプレゼンスを高めていくためにも必要だと私は思っています。残念なことに、このような戦略的に情報を活用する力は現在の日本ではそこまで高く評価されていません。日本では「努力賞」「誰よりも早く出社」などの道徳的なものばかりが評価されるようになっています。

しかし、中国では孫子の兵法にある通り、戦で最も評価されるのは頑張って敵を殺した兵士ではなく、敵国の情報を持ってきたり、偽の情報を敵国に流したりする間諜(スパイ)です。アメリカも、ロシアもスパイをうまく活用しており、情報をうまく取集し、戦略的に発信することはもはや世界のスタンダードであり、日本はそれに遅れを取っていると思います。

ですので、日本も教育現場に戦略的発信力が身につくカリキュラムを入れていくことで、個々人が理想のキャリアや人生を実現しやすくなるのはもちろん、国としても良い人材を養成できるのではないかと考えています。

日本は品質が良いものや中身が良い製品やサービスをたくさん持っています。足りていないのはそれらを外部の関係者に魅力的に情報発信することで、自らの価値を高めていく力(=戦略的発信力)です。

今後私は、このような戦略的発信力を簡易的な学習教材に落とし込むとともに、高校・大学の集団授業で実施可能な形にすることで展開することを予定しています。こういった取り組みを通じて、日本の企業も国も、そして個人もが、自らのプレゼンス(社会的地位)を高めていけると信じています。

引き続き応援していただけますと幸いです。

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