1
/
5
This page is intended for users in Japan. Go to the page for users in United States.

【あびら職員#9】「悔しいと思ったら勝ち。」職員の挑戦が生んだ、新たな町の1ページ。

高橋 美里(たかはし みさと)

旧早来町出身。専門学校卒業後、町内の民間会社で2年間勤務。平成11年旧早来町役場に入庁。約10年間は広報まわりを担当。その後、2度の産休を経て、復職。直近6年間は総務課に所属し、採用をメイン業務として働いている。プライベートでは1男1女の母。

“悔しさ”からのスタート。 忍耐力を身につけた学生時代。

小さい頃は人見知りで、引っ込み思案だったのですが、体を動かすことが大好きな子どもでした。中学は陸上部、高校はバドミントン部に所属しました。

中学時代に所属した部活は歴代の先輩方の成績がとても優秀で、全道大会に行くのが普通のような環境でした。一方、自分は運動神経が良い訳ではないので、自分に鞭打って、先輩の背中に必死についていく日々でした。中高共に3年間必死に活動を続けましたが、どちらも全道大会にはいけませんでした。部活動を通して学んだのは、結果が出ない状況の中でも“一旦は耐えてみる。”ということ。それが、何より自分の糧になったと思います。心が折れそうになっても、投げ出したくなっても、腐らずに続ける。そうやって自分の中の足場を築いた時期でした。

高校卒業後は、専門学校に入学しました。そこで水泳の授業があったのですが、学科に60人ほどいる中で、水泳が出来ないのは私だけだったんです。先生に泳げないことを伝えると「泳げないなら、歩け!」と言われて、一人だけ50mを歩いたことがあるんです(笑)。2年生になると、学年の数人しか受けない水泳の教職員を目指す厳しい試験があるのですが、何を血迷ったのかその試験にエントリーしました。先生もびっくりしていましたね。友達からも、お前には絶対無理だって言われたんですけど、悔しい気持ちもあって、毎日きついメニューに耐えました。卒業間際には無事試験に合格し、資格を取得。最初のキャリアはスポーツセンターでのプール管理でした。

前任者を追いかけ、まちの歴史を繋ぐ仕事。

2年間働いた後、念願の役場に就職しました。役場に入庁して、最初の仕事は企画課の広報担当でした。メイン業務は役場から毎月発行する広報紙を作る仕事です。私の前の担当者は、私の小学校の運動会を取材してくれた人でした。私が役場に入る少し前まで広報紙の担当をされていたので、広報歴10年以上でしょうか。大ベテランです。

技術も経験も足元に及ばない私が、どうやったら町民に愛される広報紙を引き継ぐことが出来るか、プレッシャーに囲まれる毎日でした。当時の私はカメラを触るのも初めてでした。今の様にカメラの補正機能やオートフォーカスも搭載されていないので、一発勝負で撮影し、ダメなものはお蔵入り。私は「今だ!」と思ってシャッターを切るんですけど、「何で今なの!」って指導を受けることもしょっちゅうでした。文章を作ってもダメ、写真を撮ってもダメ。初めてのことに苦戦してばかりでした。

そんな時に、上司が広報紙を持ってお話をしてくれたことがありました。「これは前の月、お前がやったことの成果だよ。部署によっては何年もかかって成果を上げないといけないところもある。広報みたいに1ヶ月毎に町民の方に成果を見てもらえることって、他にないよ。」と言われたことがあって。とても印象的でした。そこから、いかに工夫をして、町民の方に楽しんでもらえる紙面を作るか、より真剣に考える様になったんですね。

何か1つでも自分の強みを持ちたいと思い、最初に力を入れたのが写真撮影の分野でした。取材に関係なくカメラを持ち歩いて休日に町内を回ったり、カメラ倶楽部の方の所に行って、上手な人に撮り方を教えてもらったり。「写真だけでも、負けたくない。」そう思っていましたね。納得感あるものを作る為に必死でした。最初は上司が町内のいろんな場所に連れてってくれて、「今後、こいつ来ますから。」と、顔つなぎをしてくれたんですね。そうやって橋渡しの様に、仕事の情熱は引き継がれていくのだと思います。

前任者の背中を追いかける様に、毎月思いを込めて広報紙を作成し、入庁してから10年ほどは、広報周りの仕事に関わらせてもらいました。取材では、町内を駆け回り、赤ちゃんからお年寄りまで、沢山の方に取材にご協力いただきました。早来町と追分町が合併となって、それまで手がけてきた広報『はやきた』が最終号となる紙面では、創刊から570号、53年の歴史をまとめました。思い入れのある特集です。

▲前任者の背中を追う様に必死で身に付けた撮影技術。前任者から10年の時を経て「北海道応援コンクール」に見事入選。上が前任者、下が高橋さんの作品。

待っているだけは終わり。攻めの採用活動へ。

現在は広報を離れ、総務課で働いて6年ほどが経ちます。総務の仕事は採用から職員研修、給与・手当の支給事務、職員にかかる手続き等、人事的な側面を数多く担っています。

採用の側面で言えば、北海道胆振東部地震を境に町に関わる人が増え、攻めの採用体制を取る様になりました。例えば、自治体としては珍しくオンライン求人サービス『Wantedly』を通して職員募集を行ったり、オンライン通信システム『Zoom』を活用したイベントを定期開催しています。

▲オンラインイベントの様子

地震が来たから、新型コロナが来たから、と悲観的に捉えて消極的になるのではなく、ピンチをチャンスとして捉え、新たな動きを打ち出すことを大切にしています。役場を志望してくれる人を待っているだけの時代は終わり、これからは、どんどん役場の職員も外に出て、積極的に町の魅力をPRしていくことが求められるのではないでしょうか。

候補者の方にとっては、自分が安平町との最初の接点になるので、少しでも町に対して良い印象を持ってもらえたらと試行錯誤する日々です。実際のところ、私自身が前に出てPRをするということが、得意分野ではなくって。イベント時は、たった数秒のコメントであってもメモを用意して臨んでいます(笑)。

初めて取り組むことは、困難の連続ですが、やり続けることで出来ることも増えていきます。チャレンジを積み重ねていくことが、いつか大きな課題の突破口に繋がると信じて、目の前の活動に邁進する日々です。

役場職員を志す若者に向けて。

現在安平町役場では、昔からの体制を引き継ぐ文化から一歩踏みだし、新しいことへのチャレンジを推奨する文化へとシフトしている段階です。新たなチャレンジが数多く始まり、一人一人のアイデアが尊重され、実行まで吸い上げていける様な体制が少しずつ築かれています。

これから役場を志す方には、是非、新しい扉を開けるような心構えで、積極的にチャレンジをして欲しいです。変化には困難が伴いますが、それを共に乗り越えられる仲間を求めています!

\安平で共に"挑戦"する仲間をWanted!/

一般職情報通信担当
令和時代の地方自治体の情報システムを保守・運用するエンジニア募集!!
北海道安平町は、「北海道の玄関口」である新千歳空港から20分ほどの距離に位置する、人口約7700人(2020年1月現在)の町です。札幌市まで1時間、千歳市・苫小牧市などの中規模都市から30分と距離が近く、生活の利便性が高い町です。国内有数の馬産地でもあり、ディープインパクトなどの有名な競走馬が生まれた町でもあります。 私たち安平町役場の役割は、安平町に住む町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、また町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。具体的には、安平町独自の総合計画を策定し、6つの重点政策分野に分けて様々な施策とそれに紐づく業務を展開しています。 安平町は1889年に最初の町民に入植・開墾されてから、まだ120年ほどの歴史しかありません。本州の町と比較すれば歴史は浅く見えるかもしれませんが、この120年の中で、早来地区では「木炭生産全道一」の実績や「日本でいち早くチーズの生産に取り組む」など大きな足跡を残してきました。また追分地区は鉄道関係者が多く暮らす「鉄道の要衝」として発展しつつ、また両地区をまたいで「国内有数の馬産地」として全国に知られるようになりました。 その中で、安平町は2018年9月6日の「北海道胆振東部地震」において、大きな被害を受けました。住宅の9割以上が損壊を受け、被害総額は200億円を超えます。一時避難者を含めると100名以上が町外に転出し、また町民の方々の間に未来に向けた大きな不安が広がりました。 しかし、私たちはこんな困難を抱える今だからこそ、むしろ新たな試みに積極的に"挑戦"し、「震災前の町よりも、魅力的な町に"復興"する」という偉業を成し遂げたいと思っています。町長の及川秀一郎は地震のすぐ次の日から「ピンチをチャンスに変える」という言葉を繰り返してきました。町が始めた大きな挑戦としては、札幌のアトリエブンクと東京のチーム・ラボが設計を受託した令和5年度開校を目指す「早来小中一貫校建設」のプロジェクトや、2019年度にオープンし80万人以上が来場した「道の駅D51ステーション」を中心とする交流人口増加プロジェクトなどが挙げられます。また、"試み"という点では、2018年にソフトバンク株式会社と包括連携を結んで「次世代オンデマンドテクノロジーサービス」の提供に向けた実証実験を開始したり、ユニセフが進める「子どもにやさしいまちづくり事業(Child Friendly Cities and Communities Initiative=CFCI)」の検証自治体として2年間の事業検証を始めたりもしています。 地域住民による挑戦も増えつつあります。地震発災後に全国から集まっていただいたボランティアの方々が地域住民と一緒に立ち上げた「一般社団法人安平町復興ボランティアセンター」は、これまで安平町にはなかった大きな活力を与えてくれています。さらに、2019年度からスタートした「地方創生推進事業」では、「"学び"から"挑戦"へ」というテーマで行政の縦割りを超えた3つの連携事業を行っており、これもこれまで町には無かった考え方や成果をもたらしています。 このような「町全体が一丸となって"挑戦"するまちづくり」を、私たちは続けていきたいと思っています。そしてこの度新たな試みとして、安平の挑戦を一緒になって推し進める役場職員を、このWantedlyサービスを通じて募集したいと考えました。 繰り返しになりますが、私たちの仕事は、町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。これまで安平町がやってきたこと、そして新たな未来と向き合いながら、大きな希望とやりがいを感じてまちづくりに励んでいきたいと思います。
安平町役場
保健師
町民の健康を守ることで、安平の豊かな日常を支える保健師職員をWANTED!
北海道安平町は、「北海道の玄関口」である新千歳空港から20分ほどの距離に位置する、人口約7700人(2020年1月現在)の町です。札幌市まで1時間、千歳市・苫小牧市などの中規模都市から30分と距離が近く、生活の利便性が高い町です。国内有数の馬産地でもあり、ディープインパクトなどの有名な競走馬が生まれた町でもあります。 私たち安平町役場の役割は、安平町に住む町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、また町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。具体的には、安平町独自の総合計画を策定し、6つの重点政策分野に分けて様々な施策とそれに紐づく業務を展開しています。 安平町は1889年に最初の町民に入植・開墾されてから、まだ120年ほどの歴史しかありません。本州の町と比較すれば歴史は浅く見えるかもしれませんが、この120年の中で、早来地区では「木炭生産全道一」の実績や「日本でいち早くチーズの生産に取り組む」など大きな足跡を残してきました。また追分地区は鉄道関係者が多く暮らす「鉄道の要衝」として発展しつつ、また両地区をまたいで「国内有数の馬産地」として全国に知られるようになりました。 その中で、安平町は2018年9月6日の「北海道胆振東部地震」において、大きな被害を受けました。住宅の9割以上が損壊を受け、被害総額は200億円を超えます。一時避難者を含めると100名以上が町外に転出し、また町民の方々の間に未来に向けた大きな不安が広がりました。 しかし、私たちはこんな困難を抱える今だからこそ、むしろ新たな試みに積極的に"挑戦"し、「震災前の町よりも、魅力的な町に"復興"する」という偉業を成し遂げたいと思っています。町長の及川秀一郎は地震のすぐ次の日から「ピンチをチャンスに変える」という言葉を繰り返してきました。町が始めた大きな挑戦としては、札幌のアトリエブンクと東京のチーム・ラボが設計を受託した令和5年度開校を目指す「早来小中一貫校建設」のプロジェクトや、2019年度にオープンし80万人以上が来場した「道の駅D51ステーション」を中心とする交流人口増加プロジェクトなどが挙げられます。また、"試み"という点では、2018年にソフトバンク株式会社と包括連携を結んで「次世代オンデマンドテクノロジーサービス」の提供に向けた実証実験を開始したり、ユニセフが進める「子どもにやさしいまちづくり事業(Child Friendly Cities and Communities Initiative=CFCI)」の検証自治体として2年間の事業検証を始めたりもしています。 地域住民による挑戦も増えつつあります。地震発災後に全国から集まっていただいたボランティアの方々が地域住民と一緒に立ち上げた「一般社団法人安平町復興ボランティアセンター」は、これまで安平町にはなかった大きな活力を与えてくれています。さらに、2019年度からスタートした「地方創生推進事業」では、「"学び"から"挑戦"へ」というテーマで行政の縦割りを超えた3つの連携事業を行っており、これもこれまで町には無かった考え方や成果をもたらしています。 このような「町全体が一丸となって"挑戦"するまちづくり」を、私たちは続けていきたいと思っています。そしてこの度新たな試みとして、安平の挑戦を一緒になって推し進める役場職員を、このWantedlyサービスを通じて募集したいと考えました。 繰り返しになりますが、私たちの仕事は、町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。これまで安平町がやってきたこと、そして新たな未来と向き合いながら、大きな希望とやりがいを感じてまちづくりに励んでいきたいと思います。
安平町役場
土木技師
安平の町を再構築!土木施工管理技師を募集!
北海道安平町は、「北海道の玄関口」である新千歳空港から20分ほどの距離に位置する、人口約7700人(2020年1月現在)の町です。札幌市まで1時間、千歳市・苫小牧市などの中規模都市から30分と距離が近く、生活の利便性が高い町です。国内有数の馬産地でもあり、ディープインパクトなどの有名な競走馬が生まれた町でもあります。 私たち安平町役場の役割は、安平町に住む町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、また町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。具体的には、安平町独自の総合計画を策定し、6つの重点政策分野に分けて様々な施策とそれに紐づく業務を展開しています。 安平町は1889年に最初の町民に入植・開墾されてから、まだ120年ほどの歴史しかありません。本州の町と比較すれば歴史は浅く見えるかもしれませんが、この120年の中で、早来地区では「木炭生産全道一」の実績や「日本でいち早くチーズの生産に取り組む」など大きな足跡を残してきました。また追分地区は鉄道関係者が多く暮らす「鉄道の要衝」として発展しつつ、また両地区をまたいで「国内有数の馬産地」として全国に知られるようになりました。 その中で、安平町は2018年9月6日の「北海道胆振東部地震」において、大きな被害を受けました。住宅の9割以上が損壊を受け、被害総額は200億円を超えます。一時避難者を含めると100名以上が町外に転出し、また町民の方々の間に未来に向けた大きな不安が広がりました。 しかし、私たちはこんな困難を抱える今だからこそ、むしろ新たな試みに積極的に"挑戦"し、「震災前の町よりも、魅力的な町に"復興"する」という偉業を成し遂げたいと思っています。町長の及川秀一郎は地震のすぐ次の日から「ピンチをチャンスに変える」という言葉を繰り返してきました。町が始めた大きな挑戦としては、札幌のアトリエブンクと東京のチーム・ラボが設計を受託した令和5年度開校を目指す「早来小中一貫校建設」のプロジェクトや、2019年度にオープンし80万人以上が来場した「道の駅D51ステーション」を中心とする交流人口増加プロジェクトなどが挙げられます。また、"試み"という点では、2018年にソフトバンク株式会社と包括連携を結んで「次世代オンデマンドテクノロジーサービス」の提供に向けた実証実験を開始したり、ユニセフが進める「子どもにやさしいまちづくり事業(Child Friendly Cities and Communities Initiative=CFCI)」の検証自治体として2年間の事業検証を始めたりもしています。 地域住民による挑戦も増えつつあります。地震発災後に全国から集まっていただいたボランティアの方々が地域住民と一緒に立ち上げた「一般社団法人安平町復興ボランティアセンター」は、これまで安平町にはなかった大きな活力を与えてくれています。さらに、2019年度からスタートした「地方創生推進事業」では、「"学び"から"挑戦"へ」というテーマで行政の縦割りを超えた3つの連携事業を行っており、これもこれまで町には無かった考え方や成果をもたらしています。 このような「町全体が一丸となって"挑戦"するまちづくり」を、私たちは続けていきたいと思っています。そしてこの度新たな試みとして、安平の挑戦を一緒になって推し進める役場職員を、このWantedlyサービスを通じて募集したいと考えました。 繰り返しになりますが、私たちの仕事は、町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。これまで安平町がやってきたこと、そして新たな未来と向き合いながら、大きな希望とやりがいを感じてまちづくりに励んでいきたいと思います。
安平町役場


\安平町を支える職員をご紹介します!/

安平町役場では一緒に働く仲間を募集しています
7 いいね!
7 いいね!
同じタグの記事
今週のランキング
このストーリーが気になったら、直接話を聞きに行こう