1
/
5
This page is intended for users in Japan. Go to the page for users in United States.

【あびら職員#3】全ての町民と、しっかり向き合う。”頼れる存在”は、安平を「安心できる町」にする。

山口 寛子(Hiroko Yamaguchi)

苫小牧出身。札幌の病院で看護師として勤務した後、大学院に進学して「老年看護学専攻」で修士を取得する。また苫小牧市の地域包括支援センターなどに勤務して保健師としての仕事に携わり、H23年から安平町の保健師として勤務。現在、健康福祉課の保健師として早来地区の高齢者を主な対象として様々なサポート業務を行っている。趣味は海外旅行で、「住んでみたい!」と思うほど台湾が好き。

個性を育む環境で育った幼少期

私は安平町の隣にある苫小牧市に三姉妹の長女として生まれました。子どもの頃は、家族や祖父母に温泉やキャンプに連れて行ってもらったのを覚えていて、それがとても良い思い出として残っていますね。私は高校まで苫小牧市の学校に通っていましたが、今考えると人数がとても多くて、中・高校とも10クラスありました。高校は自由な校風の学校で、個性的で素敵な先輩や先生に出会うことができ、充実した学生生活を送ることができました。中学生の時にお世話になった方が亡くなったことがあり、その時に自分は何もできなかったという思いが残っていて、そこから少しずつ「看護師」という仕事のイメージを持っていて、高校生の時にその道に進もうと決めました。大学を選ぶ時に「保健師」という仕事があるのを見つけて、結局両方の資格が取れる大学に行ったんです。

病院での現場経験と、大学院での学術研究が視野を広げる

保健師の仕事には漠然としたイメージしかなかったんですが、実習が追分町(安平町の合併前の町)で行われたんです。その時の指導者さんが、今も安平町におられる保健師の杉田さんでした。杉田さんがとても楽しそうに仕事をされているのを見て、「保健師ってすごく素敵な仕事だな」と思ったことを覚えています。ただ、医療現場を全く知らずにすぐに保健師になるのはどうなのかなと思い、まずは看護師になろうと決めました。

大学を出た後は札幌の病院で働きました。この病院はスタッフ育成に力をいれており、特に「看護研究」と呼ばれる看護手法の研究を盛んに行っていました。研究担当になった時は後輩と夜中まで残って作業して、院内で発表したりしてました。もちろん通常業務もあるので大変でしたが、この研究は自分にとっても大きな学びになりましたし、終えた時は大きな達成感がありました。

病院に4年間勤めた後、実は大学院に進学したんです。「老年看護学専攻」という分野に進んで、パーキンソン病の研究を行いました。大学院では看護理論の勉強も大変でしたし、海外の論文を英文で読み解かなければならなかったり、講義も英語で行われたりと必死に食らいついていました。やはり自分は現場の方があってるなと感じて、卒業後は別の病院の神経系内科で働きました。自分の研究や知識を活かして、患者さんに対して「看護師としていかに患者さんの心を支えるか」を考え、業務に取り組んできました。

そこから結婚して地元の苫小牧市に帰ることになりました。縁あって「地域包括支援センター」に務めることになり、4年半ほど保健師業務をしていました。仕事を通じて地域の方々との繋がりが増え、町への愛着も深まってきた頃に、安平町の保健師募集がありました。支援センターの業務にも満足していましたが、実習で訪問した時に安平町の方々が楽しそうに働いていたイメージもあって、安平町に移ることに決めました。平成23年に安平町役場に就職し、それから保健師として働いています。

プロフェッショナルとして、人と向き合う。

「看護師と保健師の違いはなんですか?」と聞かれることがありますが、看護師は医師のサポートや患者さんのお世話など主に病院内で働きます。一方で、保健師は対象が一般町民なんですね。それこそお母さんが妊娠された時から、その子がお年寄りになるまでをサポートをするような仕事で、まさに「全ての町民と向き合い、人生に寄り添っていく仕事」と言っていいと思います。

保健師の仕事の中で記憶に残っているのは、高齢の親御さんの面倒を見てた娘さんとお話をしていた時のことです。突然娘さんが泣き出して、つらい思いを吐露し始めたんです。当時私は30代前半で、娘さんは50代の方でした。お話を聞いてる中で、「山口さんだから吐き出せたよ」って言ってもらえた時は、保健師って本当にいい仕事だなって思いました。でも、お話を聞くと言っても、ただ話をしてるだけじゃダメなんですね。保健師はとても頭を使う仕事だと思っていて、「人としっかり向き合う」というのは単純ではありません。プロとして仕事をするためにも、自分の健康管理には気をつけるようにしています。

この先、自分が目指しているのは「頼りにされる保健師」でしょうか。安平町には魅力的な保健師の先輩がたくさんいて、「〇〇さんに言えばなんとかしてくれる」と頼られている方も何人もいらっしゃいます。私も「山口さんに言えば分かる」と頼ってもらえるような、そんな保健師になりたいですね。

役場職員を志す若者に、伝えたいこと

安平の魅力は適度に町が小さいことだと思っています。この規模だからこそみんなが顔見知りになれるし、一人ひとりの行動が影響力を持っていると思います。安平には色んな分野で動いている人がたくさんいますが、そうした人がどんどん繋がっていけば、自然と町は良い方向に進んでいくのではないかと思います。

大切なのは、外の視点を持ち込むこと。意外と外から見ている人の方が、いい部分に気づくと思います。外部から町に入ってきてくださる皆さんには、是非町の良い部分を伸ばす仕事をしてほしいです。

安平の人は、本当に優しくて、気さくな人ばかりです。思い切って飛び込んできてください!みんなで支え合って、面白い町を作っていきましょう!

\安平町を支える職員をご紹介します!/



安平で一緒に"挑戦"する仲間をWanted!

一般職情報通信担当
令和時代の地方自治体の情報システムを保守・運用するエンジニア募集!!
北海道安平町は、「北海道の玄関口」である新千歳空港から20分ほどの距離に位置する、人口約7700人(2020年1月現在)の町です。札幌市まで1時間、千歳市・苫小牧市などの中規模都市から30分と距離が近く、生活の利便性が高い町です。国内有数の馬産地でもあり、ディープインパクトなどの有名な競走馬が生まれた町でもあります。 私たち安平町役場の役割は、安平町に住む町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、また町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。具体的には、安平町独自の総合計画を策定し、6つの重点政策分野に分けて様々な施策とそれに紐づく業務を展開しています。 安平町は1889年に最初の町民に入植・開墾されてから、まだ120年ほどの歴史しかありません。本州の町と比較すれば歴史は浅く見えるかもしれませんが、この120年の中で、早来地区では「木炭生産全道一」の実績や「日本でいち早くチーズの生産に取り組む」など大きな足跡を残してきました。また追分地区は鉄道関係者が多く暮らす「鉄道の要衝」として発展しつつ、また両地区をまたいで「国内有数の馬産地」として全国に知られるようになりました。 その中で、安平町は2018年9月6日の「北海道胆振東部地震」において、大きな被害を受けました。住宅の9割以上が損壊を受け、被害総額は200億円を超えます。一時避難者を含めると100名以上が町外に転出し、また町民の方々の間に未来に向けた大きな不安が広がりました。 しかし、私たちはこんな困難を抱える今だからこそ、むしろ新たな試みに積極的に"挑戦"し、「震災前の町よりも、魅力的な町に"復興"する」という偉業を成し遂げたいと思っています。町長の及川秀一郎は地震のすぐ次の日から「ピンチをチャンスに変える」という言葉を繰り返してきました。町が始めた大きな挑戦としては、札幌のアトリエブンクと東京のチーム・ラボが設計を受託した令和5年度開校を目指す「早来小中一貫校建設」のプロジェクトや、2019年度にオープンし80万人以上が来場した「道の駅D51ステーション」を中心とする交流人口増加プロジェクトなどが挙げられます。また、"試み"という点では、2018年にソフトバンク株式会社と包括連携を結んで「次世代オンデマンドテクノロジーサービス」の提供に向けた実証実験を開始したり、ユニセフが進める「子どもにやさしいまちづくり事業(Child Friendly Cities and Communities Initiative=CFCI)」の検証自治体として2年間の事業検証を始めたりもしています。 地域住民による挑戦も増えつつあります。地震発災後に全国から集まっていただいたボランティアの方々が地域住民と一緒に立ち上げた「一般社団法人安平町復興ボランティアセンター」は、これまで安平町にはなかった大きな活力を与えてくれています。さらに、2019年度からスタートした「地方創生推進事業」では、「"学び"から"挑戦"へ」というテーマで行政の縦割りを超えた3つの連携事業を行っており、これもこれまで町には無かった考え方や成果をもたらしています。 このような「町全体が一丸となって"挑戦"するまちづくり」を、私たちは続けていきたいと思っています。そしてこの度新たな試みとして、安平の挑戦を一緒になって推し進める役場職員を、このWantedlyサービスを通じて募集したいと考えました。 繰り返しになりますが、私たちの仕事は、町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。これまで安平町がやってきたこと、そして新たな未来と向き合いながら、大きな希望とやりがいを感じてまちづくりに励んでいきたいと思います。
安平町役場
土木技師
安平の町を再構築!土木施工管理技師を募集!
北海道安平町は、「北海道の玄関口」である新千歳空港から20分ほどの距離に位置する、人口約7700人(2020年1月現在)の町です。札幌市まで1時間、千歳市・苫小牧市などの中規模都市から30分と距離が近く、生活の利便性が高い町です。国内有数の馬産地でもあり、ディープインパクトなどの有名な競走馬が生まれた町でもあります。 私たち安平町役場の役割は、安平町に住む町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、また町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。具体的には、安平町独自の総合計画を策定し、6つの重点政策分野に分けて様々な施策とそれに紐づく業務を展開しています。 安平町は1889年に最初の町民に入植・開墾されてから、まだ120年ほどの歴史しかありません。本州の町と比較すれば歴史は浅く見えるかもしれませんが、この120年の中で、早来地区では「木炭生産全道一」の実績や「日本でいち早くチーズの生産に取り組む」など大きな足跡を残してきました。また追分地区は鉄道関係者が多く暮らす「鉄道の要衝」として発展しつつ、また両地区をまたいで「国内有数の馬産地」として全国に知られるようになりました。 その中で、安平町は2018年9月6日の「北海道胆振東部地震」において、大きな被害を受けました。住宅の9割以上が損壊を受け、被害総額は200億円を超えます。一時避難者を含めると100名以上が町外に転出し、また町民の方々の間に未来に向けた大きな不安が広がりました。 しかし、私たちはこんな困難を抱える今だからこそ、むしろ新たな試みに積極的に"挑戦"し、「震災前の町よりも、魅力的な町に"復興"する」という偉業を成し遂げたいと思っています。町長の及川秀一郎は地震のすぐ次の日から「ピンチをチャンスに変える」という言葉を繰り返してきました。町が始めた大きな挑戦としては、札幌のアトリエブンクと東京のチーム・ラボが設計を受託した令和5年度開校を目指す「早来小中一貫校建設」のプロジェクトや、2019年度にオープンし80万人以上が来場した「道の駅D51ステーション」を中心とする交流人口増加プロジェクトなどが挙げられます。また、"試み"という点では、2018年にソフトバンク株式会社と包括連携を結んで「次世代オンデマンドテクノロジーサービス」の提供に向けた実証実験を開始したり、ユニセフが進める「子どもにやさしいまちづくり事業(Child Friendly Cities and Communities Initiative=CFCI)」の検証自治体として2年間の事業検証を始めたりもしています。 地域住民による挑戦も増えつつあります。地震発災後に全国から集まっていただいたボランティアの方々が地域住民と一緒に立ち上げた「一般社団法人安平町復興ボランティアセンター」は、これまで安平町にはなかった大きな活力を与えてくれています。さらに、2019年度からスタートした「地方創生推進事業」では、「"学び"から"挑戦"へ」というテーマで行政の縦割りを超えた3つの連携事業を行っており、これもこれまで町には無かった考え方や成果をもたらしています。 このような「町全体が一丸となって"挑戦"するまちづくり」を、私たちは続けていきたいと思っています。そしてこの度新たな試みとして、安平の挑戦を一緒になって推し進める役場職員を、このWantedlyサービスを通じて募集したいと考えました。 繰り返しになりますが、私たちの仕事は、町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。これまで安平町がやってきたこと、そして新たな未来と向き合いながら、大きな希望とやりがいを感じてまちづくりに励んでいきたいと思います。
安平町役場
林業技術職員
安平の山の未来をデザインし、管理する。林業技術職員を募集!
北海道安平町は、「北海道の玄関口」である新千歳空港から20分ほどの距離に位置する、人口約7700人(2020年1月現在)の町です。札幌市まで1時間、千歳市・苫小牧市などの中規模都市から30分と距離が近く、生活の利便性が高い町です。国内有数の馬産地でもあり、ディープインパクトなどの有名な競走馬が生まれた町でもあります。 私たち安平町役場の役割は、安平町に住む町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、また町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。具体的には、安平町独自の総合計画を策定し、6つの重点政策分野に分けて様々な施策とそれに紐づく業務を展開しています。 安平町は1889年に最初の町民に入植・開墾されてから、まだ120年ほどの歴史しかありません。本州の町と比較すれば歴史は浅く見えるかもしれませんが、この120年の中で、早来地区では「木炭生産全道一」の実績や「日本でいち早くチーズの生産に取り組む」など大きな足跡を残してきました。また追分地区は鉄道関係者が多く暮らす「鉄道の要衝」として発展しつつ、また両地区をまたいで「国内有数の馬産地」として全国に知られるようになりました。 その中で、安平町は2018年9月6日の「北海道胆振東部地震」において、大きな被害を受けました。住宅の9割以上が損壊を受け、被害総額は200億円を超えます。一時避難者を含めると100名以上が町外に転出し、また町民の方々の間に未来に向けた大きな不安が広がりました。 しかし、私たちはこんな困難を抱える今だからこそ、むしろ新たな試みに積極的に"挑戦"し、「震災前の町よりも、魅力的な町に"復興"する」という偉業を成し遂げたいと思っています。町長の及川秀一郎は地震のすぐ次の日から「ピンチをチャンスに変える」という言葉を繰り返してきました。町が始めた大きな挑戦としては、札幌のアトリエブンクと東京のチーム・ラボが設計を受託した令和5年度開校を目指す「早来小中一貫校建設」のプロジェクトや、2019年度にオープンし80万人以上が来場した「道の駅D51ステーション」を中心とする交流人口増加プロジェクトなどが挙げられます。また、"試み"という点では、2018年にソフトバンク株式会社と包括連携を結んで「次世代オンデマンドテクノロジーサービス」の提供に向けた実証実験を開始したり、ユニセフが進める「子どもにやさしいまちづくり事業(Child Friendly Cities and Communities Initiative=CFCI)」の検証自治体として2年間の事業検証を始めたりもしています。 地域住民による挑戦も増えつつあります。地震発災後に全国から集まっていただいたボランティアの方々が地域住民と一緒に立ち上げた「一般社団法人安平町復興ボランティアセンター」は、これまで安平町にはなかった大きな活力を与えてくれています。さらに、2019年度からスタートした「地方創生推進事業」では、「"学び"から"挑戦"へ」というテーマで行政の縦割りを超えた3つの連携事業を行っており、これもこれまで町には無かった考え方や成果をもたらしています。 このような「町全体が一丸となって"挑戦"するまちづくり」を、私たちは続けていきたいと思っています。そしてこの度新たな試みとして、安平の挑戦を一緒になって推し進める役場職員を、このWantedlyサービスを通じて募集したいと考えました。 繰り返しになりますが、私たちの仕事は、町民のみなさんが豊かに過ごすことができ、町外の方に安平町で楽しい時間を過ごしていただくためのお手伝いをすることです。これまで安平町がやってきたこと、そして新たな未来と向き合いながら、大きな希望とやりがいを感じてまちづくりに励んでいきたいと思います。
安平町役場
安平町役場では一緒に働く仲間を募集しています
3 いいね!
3 いいね!
同じタグの記事
今週のランキング
このストーリーが気になったら、直接話を聞きに行こう