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「感動ある人生を共に生きる。」日本一かっこいい八百屋創業の軌跡に迫る!

「感動ある人生を共に生きる。」
年商28億の八百屋「八百鮮」社長の創業までの軌跡に迫る!

今回は株式会社八百鮮社長の市原さんのインタビューです!

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【市原敬久】

岐阜県出身

製造業の社長であった父から影響を受けて、小学生から夢は社長になること(笑)夢は大学に入学後も持ち続けていた。大学で出会った岩崎(現副社長)と将来の起業を真剣に約束する。大学を卒業し、それぞれがスキルアップを目指し社会人経験を積む。3年後にもう一度集まって起業しようという約束を実行していく。

…実際は6年かかったが、約束通り大阪市福島区の商店街の一角で、2010年八百鮮を創業。日本一かっこいい八百屋を目指して社長をしている。
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社長である市原さんですが、小さい頃は、とってもシャイボーイだったとか。よく女の子に間違われてしまうくらい可愛かったそう。

親父の背中を追っていた、少年時代。

ーーー早速質問に入りたいと思います!
大学時代のゼミの仲間と起業をされたということですが、市原さんは大学時代にどんな活動をされていたのですか

「経営パラリンピック」って言うのをやっていました。
コンセプトは、障がいのある人が給料をもっともらえる社会にしようということ。僕は経営学部だったのですが、福祉の世界って経営的視点が足りていないんじゃないかなと思っていまして。福祉と経営を融合させることによって給料を上げることができる、というアプローチで活動していました。
学生主体で活動していたのですが、当然、僕らも経営のことわかっていないので笑
上手く経営をしてる福祉事業所の社長さん、所長さんとか、そういった人に登壇してもらって、先生役をしてもらい、一緒に経営を学びたい所長さんや職員が来る勉強会を主催していました。


ーーー経営に興味があったなかで、福祉をやろうと思ったきっかけはなんですか?

正直なところ、初めは福祉に全く興味はありませんでした。経営に興味を持ったのは結構早くて、小学校一年生の時でした。その時、親父が社長を始めたんですよ。その影響で自分も社長になりたいという夢を持つようになりました。大学で経営学部に入ったのも、経営のことが勉強したいと思ったからです。

じゃあ、いつ福祉に興味を持ち始めたかと言うと、大学の先生がNPO法人を立ち上げた時でした。当時僕は福祉というより…法人設立にめちゃめちゃ興味があって、それが動機で参加するようになったんですけど、そのNPO法人が福祉の活動をするものだったので、自然と福祉にも興味を持つようになっていったっていう感じですね。




ーーーお父さんも会社を経営されていたんですね!社長になることに憧れたのはなぜですか?

小学校1年生の時に親父が会社を始めて最初はめちゃめちゃ貧乏だったのが、4、5、6年生くらいになったら、うまく行き出して(笑)…その成り上がり感が子供心にかっこいいと思ったんです。

それに伴って工場が大きくなって、社員さんが増えて。僕の遊び場は工場だったので、それを目の当たりにしていたんですね。お金も人よりたくさんもらえるし、好き勝手やってる親父でしたけど、なんだかんだ言って「社長!社長!」と持ち上げられている親父を見て、かっこいいなと感じていました。


ーーー育て方が今の経営に生きてるなと思うことはありますか?

育て方としては、一番感謝しているのが、好きにやれっていうスタンスだったことです。なにか挑戦したいっていうことがあっても、責任は自分で取るんだったら良いんじゃないっていう風な育て方だったんです。それはざっくりいうと放任主義だと思うんだけど、今では僕も部下とかにそういうスタンスで接しています。


ーーー確かに八百鮮さんはそういうイメージありますね。「全部任せる!」みたいな感じですよね。

そうそう。そんな感じですね。


憧れの父の挫折。自分の中に軸が生まれた。

リーマンショックの時に親父の会社が潰れたこと。実はそれが僕のすごい人生のターニングポイントなんです。憧れて、社長になりたいと思って背中を追いかけていった、その親父が初めて小さく見えた瞬間なので、なんとなく悔しかったですね。親父の会社が潰れたことがなぜか俺が悔しくて(笑)、親父の仇を取ってやろうみたいな気持ちもありましたね。

ちょうど起業しようかなと思ってた、起業一年前くらいの時でした。


ーーー大きな出来事ですね。その困難があっても起業しようと思ったわけですよね。

志があって会社を始めたけど、会社が潰れた時には志よりお金儲けが目的化してしまっていた…だからこうなってしまったんだ、っていうことを親父はで激しく反省していました。その小さくなった背中を見て、金儲けよりも仲間の絆みたいなものを作りたいなって思いました。

加えて、親父の会社が潰れた時に、工場長とか常務とか、今まで「社長!社長!」って言ってた人たちが、みんな居なくなってしまったんですね。家族もバラバラになったし、廃業の手続きもあったし…親父は本当に打ちひしがれていました。

それを目の当たりにしながら、なんのために働くのだろうってことをずっと自問自答してました。その時に見えてきたのは、シンプルに幸せになりたいなっていうことでした。

それが今の八百鮮のバリューとして残っている「感動ある人生を共に生きる。」に繋がっているんですよ。どうせ一回きりの人生なら感動ある人生でありたいなという思いです。


ーーー「感動ある人生を共に生きる。」ってすごい素敵ですね。

大学の時に福祉関連の活動をしていたことと、親父の破産は結構僕の中でリンクしてて。要するに、金だけで繋がったり、金のために働くわけだけじゃない、っていうマインドの部分が繋がってるんですよ。


商売の原点とは。運命的な出会いから八百鮮誕生へ

ーーーお父さんを見ていてずっと起業したいと思っていた中で、いきなり起業ではなく社会人になった理由や、その後の転職に至った想いはどういったものでしたか?

将来自分が社長になるために経営学部に入り、大学の時にNPO活動をしていた時から、ゼミの後輩の岩崎とは卒業して3年後に会社を作ろうねっていう約束をしていました。

それで、まず社長だったら営業、人の育成、組織づくりができるようにならないといけないよねっていうことで、人のことが勉強したくて僕は人材系の会社に入ったんです。岩崎は、人事とか経理とかができるようになっておくといいよなってことで(笑)それぞれの得意分野を学びに就職したわけですよ。自分たちは産業スパイだとおもってました。(笑)

僕は2年間人材系で働いたんだけど、約束の3年まであと1年しかない、ってなった時に、でもピンときてなくて…育成とか組織作りの勉強にはなったんですが、その先に起業っていうのが見えてこなくて…ちょっと違うなって思ってました。

 その当時はまだ親父の会社は潰れてなくて、実家に帰って「どうしたら社長になれるかな?」みたいな相談をしたんです。

そこで親父が言ったのは、「とにかく商売の原点は、物を仕入れて売ること。それが情報であっても、商品であっても、何かを仕入れて自分で加工して売るっていうことが全ての仕事の基本だ。」というようなことでした。ほかにも自分で商売の原点みたいなのを検索してみたりしていたら、商売の原点は八百屋だ!みたいなフレーズを見つけて。(笑)

だから、まずは八百屋で就職先を検索してみました。将来自分がどんな事業を立ち上げるかなんてまだ決まってなかったので、原点を学べば何でも応用できるだろうと。だから、「自分で仕入れて自分で売れるよ」っていうキャッチフレーズのスーパーに就職したんです。


ーーー最初から八百屋がやりたい!と思って始めたのではなくて、原点に立ち返ろうと思ったら八百屋に行きついたという感じなのですね。

そうですね。商売の原点を学ぼうと思って入った八百屋だったけど、半年間実際に八百屋をやってみた結果、こんな面白い仕事が世の中にあるんだ!っていうことを感じ始めて。転職してスーパーマーケットで働いてから半年後には岩崎に電話をしていて、将来起業するなら八百屋だ!って話をしました。この時に事業内容が決まりました。

あと、ひとつすごいエピソードがあって。岩崎に事業内容を八百屋に決めた話をした時、約束の3年まであと半年しか無かったんですよ。そこで、もうちょっと修行をしたいから、あと3年待ってくれへんかっていう話をしました。その時に岩崎が言ったのが、「市原さんが1人で3年かかるなら僕もその会社に一緒に就職するので、1年半で終わらせてもらえませんか」っていうことだったんです。





ーーーすごいですね!みんなかっこよすぎです!

この言葉で、こいつも本気なんだなって思いました。それで岩崎も東京の会社を辞めて、名古屋に引っ越してきて、一緒のスーパーで修行させてもらいました。


ーーー長い間二人は離れていたのに、志はブレずに持っていたわけですね。そこの信頼関係みたいなところってどうやって生まれたのですか?

3年間、NPO活動をガチでやっていたことですかね。30人くらいの組織を運営していたので、その間にお互いの仕事に対するスタンスとかマインドとかってだんだん掴めていた。その経緯のおかげで、お互いを認め合っていた、尊敬し合っていたっていうのが結構強かったですね。


ーーーお父さんの影響や副社長である岩崎さんとの信頼関係など、数々のドラマを経て今の「八百鮮」創業に至っているのですね。私も市原さんのお話に終始惹きつけられました!今回は、貴重なお話をありがとうございました!!

ありがとうございました!

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