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ベンチャー企業から上場、中国×ビジネス、経営戦略まで時代の潮流に乗る。(ZIQCOM株式会社・代表取締役 志岐 崇)

こんにちは!
ZIQCOM採用担当です!

今回は当社代表の志岐社長をお招きし、今までの生い立ちから、ZIQCOM設立までのストーリーを語っていただきましので、是非とも最後までご一読いただけますと嬉しいです!


志岐 崇 SHIKI TAKASH
株式会社ZIQCOM 代表取締役
大阪府大阪市旭区出身

1.ZIQCOM設立までのストーリー

ーー志岐社長の生い立ち

これまでの経歴を幼少期含めて教えてください。

まずは幼少期からお話しますね。大阪の三大商店街と言われている、ロケが良く行われている「千林商店街」がある町で育ちました。うちの親が商店街のはずれで洋服屋を経営していたので、私自身はあきんどの息子ということになりますね。小学校、中学校、高校、大学とごく普通に地元大阪で過ごしました。

大学では土木工学科を専攻して、入学当初は土木関係の仕事に就くことを志していました。私と同じ学科の人たちはほとんどゼネコンや設計コンサルなど土木関係へ就職または公務員になっていきましたね。そんな中、私は少し考えが変わっていまして、当時、流行っていたベンチャー企業と呼ばれるような会社へ入社することに決めました。

入社した理由としては、当時まだ世間に広まっていないCADを取り扱っていて将来性を感じたからです。
大学の土木工学科でよく製図をしていたのですが、とても大変な思いをしていました。しかしこのCADを使えばとても簡単に製図することが出来て、これからはCADの時代になるなと確信しました。

私は理系だったので、技術職もとても魅力的だったのですが、コミュニケーション力をつけたいと考えていて営業職として入社しました。最初は本社がある横浜で研修を受け、その後大阪に異動してCADの販売の営業していました。

そんな中、会社の方針で汎用CADからエレクトロニクス系CADへ転換する方針になりました。この方針が大きく当たりましたね。当時私たち以外には国内にはほどんエレクトロニクスのCADを扱っている会社は少なく、先行優位な状態だったので、日本一のシェアを持つ上場CADメーカーへ急成長しました。

こんな身近にベンチャー企業から上場の体験を出来たのはすごくいい経験になりました。



ーー海外でビジネスをすることに対する興味と中国との出会い。

CAD×ベンチャー企業と未知数な世界に飛び込まれるのはすごいですね。
その後のストーリー教えてください。

先ほどもお話したのですが、私が少し変わっているところがありまして、、、(笑)。
すごくいい経験を沢山したのですが、その会社は3年で退職することにしました。ずっと留学をしたいという想いがあったんですよ。

どこの国へ留学するかを考えました。色々な国を調べていくうちに、中国が次に発展するなと分析しました。人口は12億人いて、同じ中華圏である台湾、香港、シンガポールの発展をみて次は中国だと考えたからです。当時の多くの日本の経済人は中国は成長しないだろうと考えていたのですが、私は中国が今後成長するにと違いないという確信があったので中国へ語学留学することに決めました。

志岐社長の時代の潮流を感じ取る分析力はすごいですね!
中国での留学はどうでしたか?

正直にお伝えすると、1年間勉強したのですが、語学のセンスがなくてビジネスで使えるレベルまで習得することが出来ませんでした…
そんな中、前職の先輩から帰ってこないかと言われて、軟弱にもすぐに日本へ帰り、前職へで戻りことに決めました(笑)。

しかし、全く収穫がなかったわけではなかったですよ。
留学中に友達になった中国人の方を日本へ留学させるために一緒に連れて帰りました。

当時の中国の人達から見ると、日本は夢のような存在だったので、日本人と見ると向こうから寄ってきたのですが、彼は全くそんなことはなかったですね。頭もよく優秀だったので日本に来たら成功すると感じましたね。彼は大学の講堂を借りそこで学生相手に香港映画を見せ入場料を取る商売をしていました。
5年間、彼は日本語が全くわからない状態から大学で学習し卒業と同時に、中国でビジネスをしたい!と彼から持ち掛けられて、私も面白そうと思いいっしょに中国へ行くことになりました。

彼と共同経営という形で、コピー機などで使われる部品商社を立ち上げました。当時中国では技術力があまりなく、高品質の部品を作ることが出来なかったんですね。私たちは日本の技術を用いて、しっかりした設備を整えました。現地の人のマネージメントはとても大変でしたが、100名規模の会社にまで成長させることが出来ました。

2.ZIQCOMのこれからの未来

ーー創業時のエピソード

かなり順調に事業も進んでいたのですね!
ZIQCOM設立までどのようにつながっているのでしょうか?

事業は順調でしたが、家族の都合もあり日本へ戻らないといけなくなったんですね。もちろんまだ中国で働きたいと思っていましたね。
38歳で再び日本へ戻り、ソフトウェア開発会社に入りました。入社当初、社員20数名ほどの小さな会社でしたが、12年かけて130名のソフト会社にすることが出来ました。
そんな中、実績を評価してもらい、当時の社長に「会社のことを頼んだ」と次期社長へ任命してもらってたんですね。嬉しかったですね。

しかし、私が病気を患ってしまい入院することになりました。
社長へ任命されていたこともあり、早く復帰しないといけない思い、病気が完治しない状態だったのですが、1か月で職場へ戻りました。
復帰はしたのですが、私が次期社長になることは白紙になっていて、職場にも居場所はなくなっていて退職を促されましたね。手のひらを返されたようでショックでした。

そこで転機になったのが、今のグループ会社シティ・コム(従業員470名 http://www.citycom.co.jp/のK社長に声をかけてもらったことです。シティ・コムは急成長していて憧れがありました。そこに会社の立ち上げのチャンスをいただいたんです。K社長に相談しているうちに「うちで会社やればいいじゃないか」となり共同出資でZIQCOMを創立することになりました。
K社長には本当の感謝しています。前職で私にあった出来事がないように、司法書士の方と方法を考えて下さり、経営に携われるポジションを確立してもらいました。ここまでサポートして頂いたのは本当に今でも頭が上がりませんね。

K社長すごい方ですね。なるほど、そういった経緯でZIQCOM設立されたんですね!
設立当初から現在までどのように展開されたのですか?

0人からのスタートだったので、軌道に乗るまではなかなか大変でしたね。
しかしK社長から色々ノウハウ教えてもらいながら手さぐりでやりました。
当時、日本人の採用が難しく逆に韓国では就職難民がとても多くて、優秀な方でも仕事がない人が多かったんですよ。
韓国の方針でK-move事業と言ってグローバル人材育成の施策が出来たんですね。内容としては日本語とJAVAを教えて日本企業へ紹介してくれるような感じですね。

私は月に一回、K-move事業を行っているスクールへ直接行って、韓国の方の面接をしていましたね。徐々に優秀な韓国人の方が増え、事業を拡大することが出来ました。

3年前から日本人の採用に切り替えて増員拡大を目指していきました。今では3分の2以上が日本人ですね。今年の4月に入った1名を含めて、今は25名という規模の中でやっていますが、今年末までにはさらに拡張して40名ぐらいまで規模を大きくしていきたいと考えています。その先に100名というのがあります。

ーーZIQCOMのこれから~

グローバルな視点で事業拡大されたんですね。
今後のZIQCOMさんのビジョンを教えてください。

社員への還元率を最大化していこうと考えています。
まだまだ小さい会社なので、裏方のバックオフィス関連や営業も、自分一人ですべてやっている状況です。事務員や総務など人件費がかかる部分を抑えて、今いるメンバーに対する還元率を上げていかなければならないので、自分一人で出来ることはパンクしてでもやってやろうという強い想いがありますね。もちろん、社員が増えればバックオフィスも増やしていきますが、一番はエンジニアへの還元を念頭に置いています。

一会社のトップとしては、成果主義で、本当に頑張ってくれているメンバーにインセンティブを与えることを意識しています。 グループ会社シティ・コムのK社長が社員との距離が近いというところもあるので、自分自身も「一緒に仕事がしたい!」と思われるような人材になりたいと思っていますし、社員全員が働きやすいような環境を急務で整備していきたいと思っています。

最後に、今後入ってくる求職者の方に対してメッセージをお願いいたします!

まだまだ6期目で小さい会社ではありますが、バックにシティ・コムさんがいて、未経験の方でもしっかりフォローできる環境が整っているので未経験の方でも安心して入社してきていただきたいです!
何事も前向きに、チャレンジ精神と辛抱強く諦めない気持ちを兼ね備えていれば、大幅にご自身の市場価値を高めていただける環境だと思っています。

株式会社ZIQCOMでは一緒に働く仲間を募集しています!

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