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ITベンチャー創業者が語る!起業までの苦悩と覚悟のマイストーリー

 初めまして。株式会社Lifedge創業者(取締役)の三好です。私がLifedgeという会社を立ち上げてから、5期目に突入しました。益々、時の速さを感じるようになっています。

 現在、Lifedgeは0 ⇒ 1のアーリーステージから、徐々に1 ⇒ 100のミドルステージへとステージが上がってきました。それに伴い、第二創業期を一緒に創っていく仲間を随時募集しています。詳しくは、各種募集要項やホームページをご覧下さい。

「生み出すエンジニアを増やして世界に誇れるチームを創る」

 上記は弊社が掲げる会社の“ミッション”です。このミッションは、社員一同と何日も話し合いを重ね、個々の価値観も再集約し、この内容で走ることにしました。これまでボトムアップだけで走ってきた弊社としては、4期目の終盤にして初めてトップダウンで会社方針を定義できた瞬間だったかもしれません。


 『何をしたいか』そして『なぜするのか』。これは永遠のテーマです。この問いはシンプルですが、すぐに答えられる方は少ないように思います。咀嚼すると、「なぜ仕事をするのか」「なぜその道を走るのか」「なぜその仲間といるのか」「なぜそれに時間を費やすのか」といったこと。業界研究・企業研究し、将来どういう人間になっていくかを決意し、就職活動という関門を潜り抜け、人は社会に出ていくはず。ゴールのないレースを望んでいる訳ではないものの、いつしか人はその環境によって支配され、「なぜ」という問いを忘れてしまいがちなのかもしれない。


 私は26歳までは会社員として上場企業の一員でした。当時の自分も、この「なぜ」に自問自答しながら、過ごしていました。目先の事だけでなく、次のアイデア、次の発想、その為の情報収集や人脈作りをもっとしなければ成長がないかもしれないと悩んでいました。とにかく社内の稟議という制度があまり好きではなかった。”部長に説明しなければならないから”、ではなく、”稟議が通る頃にはそのビジネスアイデアは古びてないか”、というスピードの遅さへのもどかしさでした。また、周囲の人と会社の愚痴を吐き合う為に就職した訳ではない。もうその頃には、自分の頭の中では会社を辞めることを決意していました。同僚と離れるのは寂しいですが、上場企業を離れるとどういう景色になるのか、不安よりも楽しみの方が大きかったかもしれません。


何をするにも必要な「営業力」をつけておく

 私のキャリアの根っこはエンジニア。理系出身で義務教育から大学、大学院への階段を駆け上がってきました。大学でも情報系、工学系を学んでいたので、端から見るとエンジニアとしてのキャリア形成を積んでいくべき人間だったのだと思います。


 ある日、自分が作った開発途中の「モックアップ」を外部のクライアントに状況報告する機会がありました。顧客から直接所感をいただく場だったのですが、社内で理不尽な想いをしていた苦悩とは一変、物凄く親身に顧客なのにアドバイスすらいただけた記憶があります。この時の感覚が、外のクライアントとの商談への興味が増したきっかけにもなったかもしれません。それと同時に、会社を辞めるきっかけにもなったのは、「部署異動がなかなかできない」という大企業にありがちな風土もありました。この頃、場合によっては営業寄りの部署異動を考えていました。この先どこに向かうにも、必要最低限の『営業力』が必要ということは実感していたからです。本業とは別に、ダブルワークの副業として営業活動(保険セールスなど)もトライし始めていました。営業職として別な会社に転職するにも、何か実践経験を付けておこうと考えた為です。


営業で力を付け、大学時代の友人と起業に踏み切る

 1社目の上場企業を離れて転職した会社は、当時6期目のベンチャー(事業会社)でした。ちょうど今のLifedgeの感覚に近いものはあります。「営業職」として転職した為、当然ながら売上への意識が向く日々が始まります。副業はまだ継続していたため、本業と副業で終日営業付けの毎日です。社内外の人脈も見る見るうちに増えていきました。当時、社長直下の営業組織だったことが大きな刺激の一つでもあり、結果の状況が社長と常にリアルタイムにつながっていました。ただ、やりにくさや窮屈さは感じなかったので、風通しは良かったのだと思います。


 自分の「営業の型」は、この頃の経験が完全にベースなっているとは思います。本業で圧倒的な数字を上げたとは言えないですが、個人的には本業と副業の経験を合わせて、相当な自信を持つことができていました。対人の営業スタイルに迷いが無くなっていました。根拠の無い自信が確信(独立を視野)に変わりつつあった時、その頃に大学時代の友人(現Lifedgeの代表取締役・杉本大介)と定期的に会うようになっていました。自分と同じように、先を見て今の会社(当時、野村総合研究所)で働いているように感じていたため、自分にとっては将来のビジネスの話を含め、最も深い話ができる同年代の一人でした。


ビジネスパートナー(現Lifedge代表取締役)との共創で”起業がリアル”に

 現在のLifedgeの代表である杉本とは、大学時代の頃以上に飲みに行く関係になっていました。飲みにいくだけならまだしも、定期的に合宿をして、事業立ち上げの準備・キャッチアップの時間を作るようにもなっていました。何かトリガーとなるきっかけがあったかははっきりとは覚えていませんが、自然に「起業」への準備に入っていったように思います。


 ビジネス感覚が似ていて、お互いリーダーシップ性のタイプも近いものがあるように感じますが、杉本は夢に向かって真っすぐ。夢の感覚も壮大かもしれません。その夢から逆算して物事を考える逆算型(トップダウン)の思考が強く、一方自分はどちらかというと今のスコープの中で2、3手先を見て風呂敷を徐々に拡大していくボトムアップ型。当時、二人の経験も「SE」「営業」「金融関連」と、強みやマーケットを上手く組み合わせると走れそうな状況だったのも好機となり、起業年度の2016年を迎えました。その4月(起業登記直後)に他の友人やビジネス仲間とも一緒に海外旅行(マカオでカジノにも”初挑戦”)をしたのも刺激になりました。結果的に、日本を俯瞰的に見ながら、「新しい事への刺激」や「自由にどこでも仕事する」感覚がさらに芽生えることとなり、帰国後から猪突猛進していく決意表明の旅となったのです(当時28歳)。

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