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【前編】「第二の産業革命への挑戦」 株式会社INREVO代表取締役インタビュー

こんにちは、株式会社INREVO採用担当です。

今回はINREVOの代表取締役CEO、南さんに設立までの経緯や今までのキャリアについてインタビューさせていただきました!


南 晴仁/代表取締役CEO
大学卒業後、アプリ開発のベンチャー企業に新卒として入社、
組織や事業の立ち上げ、経営戦略・経営計画の策定などを中心に0から1の幅広い業務を経験。
その後、IPO準備中のエンジニアスクール事業会社に役員として入社、売り上げ40億を達成。
2024年1月より株式会社INREVOを立ち上げ、代表取締役CEOに就任、
親会社の株式会社Hostyの経営企画室長として事業開発/人事業務全般も兼任。


〜INREVO設立までの経緯について教えてください〜

INREVO設立のきっかけというのは?

会社設立のきっかけとしては親会社である株式会社Hostyの山口さんから子会社社長として新規事業立ち上げを一緒にやって欲しいと誘いを受けたのがきっかけですね。


Hostyの山口さんとのご関係、一緒に会社を立ち上げるまでの経緯は?

山口さんとは昔からの旧友みたいな感じでは全くなくて、「何かちょっと面白い人おるよ」って共通の知人を介して山口さんを紹介してもらって、なんだかんだでご飯行ったりするような仲になった感じです。

当時、従業員数が1000人くらいの大手エンジニア向けスクールの会社で新規事業部で役員を務めていました。そこでは、主に二つの事業スキームを展開していて、一つはスクールを卒業したてのエンジニア、若手エンジニアたち向けの受託開発事業です。エンジニア業界って今までどんな案件にアサインしてきたかっていうのが大事な業界なので、低単価でしんどいみたいな案件はあるんですけど、稼働実績がないとなかなかコスパいい案件にありつけないのが現状でした。

そこで”稼働実績つくる”というのを新たな事業として自社で受託開発を行い、社内的にはスクールから新たに育った人材を活用出来て、他のエンジニアに比べてスクール生の人件費ならコストも抑えられるのでクライアントに対しても提案を安価で行うことが可能、スクール生からすると最初は多少安くても質のいい案件実績がつくというWin-Winな仕組みになっています。

もう一つは研修事業で、エンジニアってずっと人材不足なので自社のエンジニアを育成するスキームを他社に提供することってニーズがあるんじゃないかと考えました。他社のエンジニア育成研修を通じて内製化を促進し、政府の助成金制度を活用して実質的な負担を軽減、社内でのエンジニア育成を可能にするサービスを提供していました。

そんな経歴を山口さんに話している中で、「AIチェックイン」と「roomport」というSaaSの販促に力を入れたいという話を聞き、「今までの経験を活かしてSaaS事業とそのリスキリングの研修を組み合わせて子会社を作ってよ!」というオーダーをいただきました。

面白そうだなと思い、飛び込んでみた、それが株式会社INREVOを立ち上げるまでの経緯です。


〜今までのキャリア、起業についての想いを教えてください〜

役員や事業経験豊富な南さんですが、もっと早い段階での起業は考えていなかったんですか?

やるんだったら日本一の会社に育てたいなと思っていて、それは時価総額で某乗用車メーカーを越す!みたいなのではなくて、”業界シェアトップならこの会社”みたいな事業を絶対作りたいなと考えてました。

それをやるにあたって、多分自分の経験とノリだけでやると無理だろうなっていう気持ちは結構あって、最初から一国一城の主っていう社長っていう役職よりは、まずは直下No.2とか役員とかそういうところから目指してました。

自分より強い人と一緒に仕事して、その人からいろいろスキルやノウハウを盗んでいかないと成長は加速しないなって。


起業に向けて今まではどんな会社で働いていたんですか?

学生時代からビジネスには携わっていて、事業創出に魅力を感じていました。世界最大手の某金融会社からも内定をいただきましたが、起業について学ぶには中小ベンチャーに入った方が良いと考えて、新卒で通訳アプリを開発しているベンチャー企業に入社しました。

そこで開発している通訳アプリは大手のメガバンクでも利用されるほどの一大プロジェクトでした。しかし、訪日外国人向けのアプリであるため、新型コロナウイルスの影響で需要が減少し、売り上げに苦しむ状況に陥りました。当時、社長直下のNo.2の役員として働いていたのですが、その危機を打開するため新たなサービスとしてセミナー代行を企画しました。

この取り組みにより、売り上げは3億円を達成し、組織運営に関するマネジメントスキルも向上しました。


成果を出していた1社目を辞めて次の会社に転職したきっかけは?

No.2として組織や事業作りをしてきたのですが、自分の理想としてはシェアトップを目指したいと思っていました。

非上場企業だと一定の大手企業からの受注が難しく、中小企業向けにしかシェアを広げられないため、シェアトップを目指すには上場が不可欠でしたが1社目の会社の社長は「上場は絶対にしない」という経営方針でした。

そのため、上場を目指す企業で経験を積みたいと考え、IPO準備中の会社に転職を決意しました。

2社目は、Hostyの山口さんと出会うまで勤めていた会社で、設立のきっかけでお話した事業内容に従事していました。親会社の支援があり、予算も豊富だったため、成長が早かった部分もありますが、入社後に新規事業を始めて約2年半で年間の売り上げを約40億円、従業員数を約200名まで成長させることができました。


どの会社もすべて0→1で企画、構築していくのが主な業務でしょうか?

会社としての組織作りからって感じではありましたけど、人を採用して、組織としての形を固めて、販促とかも自分が最初は全部入って指導するみたいな、本当に0から1です、全部作っていくような感じですね。


〜INREVOのサービス「ヒトトレ」について教えてください〜

ヒトトレ採用やヒトトレ研修などのヒトトレサービスができたきっかけとは?

ヒトトレ研修については、政府の助成金制度を利用した類似の事業経験があり、親会社のHostyのSaasと組み合わせてプロダクトを開発できると思ったからです。

現在、力を入れているヒトトレ採用は、2023年の上半期に宿泊業界での人材不足が過去最多というニュースから着想を得ました。子会社設立までの間はHostyで設立準備を進めながら人事も担当していて、自社で採用をディレクションをしたところ難しいというイメージはなかったんですけど、他社のホテルは倒産しているのが現状でした。市場にはなり手がいるはずなのにどうやって発掘していいか分からない企業が多く、採用に関するリテラシーが低いことが課題だと気付き、そこからRPO事業が始まった感じです。


「ヒトトレ」にはどういった意味が込められていますか?

「人をトレーニングする」、「人がとれる」っていうダブルミーニングです、言葉遊びのようなものですね。名前+商材のような感じにした方がグロースする時覚えてもらいやすく、総合商材パッケージとして「ヒトトレ〇〇」っていうシリーズで展開することにしました。


総合商材パッケージ「ヒトトレ」としての今後の展望を教えてください

前提としてSaas事業を今後はどんどん拡大し、機能開発を進めていく計画があります。それに伴い、リスキリング事業という形でSaasと組み合わせてヒトトレシリーズを提供し、セット売りが可能なのでクライアントのニーズに応じてパッケージを選択してもらう。まずはRPOの人材から始め、将来的には集客支援や経営コンサルなどの領域にもリソースを拡充したいと考えています。



株式会社INREVO代表取締役インタビューの内容は、後半に続きます。

後半では、南さんが目指す会社作りについてや会社としての今後の展望などの内容をお届します。    南さんの人柄やINREVOの理解がより深まる記事となっていますので、ぜひご覧ください!

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