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【代表インタビュー前編】チャレンジし続ける人と一緒に走り続けたい

こんにちは。IRODORI採用担当です。
今回は代表の遠山の創業に至った想いやこれまでの経歴についてお話いただきます。

遠山の経歴は本人曰く「ツッコミどころ満載」。
中学卒業後、建設業の職人として6年働いたあと、大学へ進学し、その後「5年後に起業する」
と宣言して商社に入り、責任者として4年間営業所長を務め、赤字営業所の立て直しを達成。
その後、宣言通り起業し、全く経験のなかった人材育成・教育サービスに飛び込んだという
ちょっと変わった経歴の持ち主だ。

今回は前後編の2回に渡って遠山のキャリアについて振り返った。

 --中学卒業後は職人(大工)として働いていたんですね。

勉強が嫌いだったため、早々に働くことにしました。大工を選んだのは手に職をつけたかったからです。朝も早いし、重労働だし…中学を卒業して、社会人になるための準備もできていない状況だったので本当に辛かったですね。何度も逃げ出したいと思いました。実際逃げ出している方たちもたくさんいる環境でした。

私が一番逃げ出したいと思ったのは、下積みが長く、終わりが見えなかった時です。1年程下積みをやっていたのですが、他の職人の方から「○○持ってきて」、と言われてそれを運ぶ、というような単純作業で。「これをやっていて何になるのだろう」と何度も思いました。

技術を覚えたくて大工になったのに、置いていかれているという不安でいっぱいだったんです。同じ時期に入った人で自分より先に現場に出ている人もいたので余計に不安でしたね。

ただ、最終的には無事技術も身につき、3年後には19歳という若さで50人の職人をまとめる立場に就くことができました。初めて部下を持った際に、一番歳が近い方でも30代半ばの方だったので、日々マネジメントやコミュニケーションには非常に苦労したのを覚えています。

--歳上の部下、それも10歳以上歳上の方というのは、本当に苦労されたんだと思います。とはいえ、19歳でマネジメント、というのは割と順調な経歴にも見えますが、そのまま建設業でのキャリアアップを目指さずに、大学へ行こうと思ったのはなぜでしょうか?

仕事を初めてからの自分は、「まずは会社の中での一番をとる」ということを目指して頑張っていました。立場が変わり、上に上がっていけば必然的に全体を見れるようになるため、常に上を目指していましたね。

実はこの頃既に起業願望があったんです。もっと前からずっと思っていたのかもしれない。逆にそれ以外考えたことがなかったんですよね。

具体的にやりたいことが決まっていたわけではないのですが、雇われが自分に向かないと思っていたのだと思います。やりたいことをやりたいようにやりたい、自分の思っていることを具現化したい、そう思っていました。

そのまま建設業での独立、ということももちろん考えました。技術もマネジメントにも自信があったので起業してもうまくいったでしょう。ただ、同じ仕事の経験しかしていない、狭い枠組みの人生を過ごすことに疑問を感じていました。自分が50、60歳を迎える頃に、これまでの人生を振り返り、もっと挑戦しておけばよかった、経験しておけばよかった、と後悔をしている自分が必ずいる。そのように想像できてしまったのです。
その想いが強くなっていき、私は新たなチャレンジをする決心をしました。
しかし、中卒だと当時選択肢が少なかったんですよ。15年くらい前のことなので。まだまだ○○大学卒、○○学科卒、といった学歴がやはり強かったので、このまま独立するのではなくて、一度大学に行ってから考えようと思ったんです。

起業しようという想いだけで、当時はやりたいことが分からなかったし、考えがまとまっていなかったというのもあります。

ただ…これ(勉強)が想像以上に大変で。まずは大検(高卒認定試験)に合格しないと大学受験資格がないので、毎日18時間勉強してました。

--1日18時間!途中で諦めてしまいたくもなったと思いますが、遠山社長が最後まで諦めず頑張ることができた原動力はなんでしょうか?

目の前の困難から逃げる選択肢はたくさんあります。自分の人生を振り返った時に、高校に行かなかった理由は、勉強が嫌だったからなんですよね。嫌なことから逃げてしまった。逃げたということは自分自身が一番分かっているんです。

この先の自分がやりたいことがある、望むことが多い人生の中で、逃げたところを回収したかった。やり直したかった。逃げ続ける人生の先に何があるかというのは、大工を始めた時に分かっていたんですよ。だから、逃げた自分を回収したかった。

それからじゃないと次に進めない、進んでもうまく行かないと思ったんです。後悔のないようにやりきりたかった。

受験勉強のときは時間も全然足りないですし、覚えることが多くて本当に大変でした…

実は大学受験の前の年に小学校の算数のドリルをやってたくらいで(笑)。英単語が覚えきれなくて、画鋲で腕に彫ったりもしていました。なんとか身体で覚える、リアルドラゴン桜でしたね。

そのため、大学に入ったあとは逆に拍子抜けしてしまった部分があります。何をしていいか分からない、物足りないと感じてしまったんです。ただ、同年代はどんどん仕事をして、置いていかれる感覚があって、その焦りもありました。大学入っても別に将来が約束されているわけではないんですよね。ただ周りとと同じところに立てたという思いはありました。

大学卒業後は一度就職し、5年後に起業しようと考えていました。働き始めてからの自分のキャリアは大工と、学生時代にやったアルバイトしかなかったため、世の中のビジネスの仕組みを学ぶ必要があると考えていたためです。

職人でずっとやってきているので自分は本当に世界が狭かったんですよね。だから、社会人経験を積みたいと思っていたんです。

--就活の際、「5年で退職して起業する」と宣言して入社をしたとのことでしたが、はじめから起業を決めていたのはなぜでしょうか?

職人も経験して、在学中にアルバイトもして…と様々な経験をさせてもらったのですが、自分の体感として仕事は大体3年で一通り自分一人でできるようになりますし、結果が出せるようになると思っています。だから本当は、会社に所属するのは3年で十分、+2年のバッファは、起業の準備の時間と会社に貢献する時間として考えていました。

卒業後は電子部品の商社に入社したのですが、就職した当時は起業のアイデアはなく、やりたいことが見つかってきたのは就職して3年目。かねてより親しくさせていただいている大学の先生から、講義でキャリアについて話してほしい、と言われたのがきっかけです。決して誇れるようなキャリアではありませんが、だからこそ学生には響いたのか、「順風満帆のエリートの講話を聞くよりも楽しかった!」「自分を見つめ直すことができた!」など、ポジティブな感想を複数いただきました。

自分の経験を語ることで、誰かのキャリアを変えるきっかけになるかもしれない…その時からぼんやりと起業した際の方向性が見えてきたような気がします。


--営業の経験は初めてだったと思いますが、どのようにして成果を挙げられたのでしょうか?

親身になって相手のことを考えるようにしていたことでしょうか。例えば、困ったことに対して、何か貢献できることを考えて提案するスタンスでずっとやっていました。困りごとに対しては必ず回答を出す(できませんは絶対にない)、というスタンスでやっていたことが、クライアントに対して信頼を重ねていくことにつながったのではないかと思っています。

足繁くクライアントの元に通い、「何かあったら、こういうことができる」、と打ち込み続けたことで、「困ったら聞いてみるか」と思っていただけるようになり、それがチャンスや受注に繋がりました

その結果、万年赤字の営業所で、売上が数千万ほどしかなかった事業所を売上7億まで上昇させ、その後も何度も年間売上更新を達成しました。

--着実に成果を上げていて、本当に素晴らしいです!そのまま会社に残って活躍する、ということは考えなかったのでしょうか?

全く考えませんでした。私は16歳から社会に出ていますが、自分としては15年くらい起業をするのを我慢していたという感覚だったので、一刻も早く起業したかったんです。

実際起業してみて、やりたいことができない、解決できないことがあるというストレスはなくなりました。企業に勤めていると、様々な要因で解決できないことがあります。我慢しないといけないですし、どうにもできないことはたくさんありますからね。

ただ…天井がなくなって空が見えるようになった分同時に床もなくなってしまったので、うまくいかなかった時どうなるか、という恐怖とはいつも隣り合わせです。責任も会社員の時とは全然違います。

一度は1000万円あった銀行残高が4万円くらいになったことも。

大変なことも多いですが、それ以上にやりがいを感じています。

遠山社長、ありがとうございました!
後編はこちら!

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