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【Madman Protocol#2】狂人が語る超人の領域

どうも。東田です。ESPで経営したり、新事業を産み出したり、講師をしたりをしたりしている狂人です。

欲求を超えた先

食欲や睡眠欲が満たされることで、生きていく根底の「生理的欲求」が満たされる。安全に生きていける根拠が確立することで「安全欲求」が満たされる。家族や友人、そして社会の中で受け入れられたいという欲が満たされて「社会的欲求」が満たされる。他者から認められ、尊敬されたい欲が満たされて「承認欲求」が満たされる。そして、自分は何者か、自分はどこに才があり可能性があるかを見極めたいという欲が満たされて「自己実現欲求」が満たされる。第1段階(生理的欲求)が満たされないまま、次の段階の欲求(安全欲求)が満たされることはなく、段階を経て満たされていくことになる。

このコロナ禍という現状は、人によっては安全欲求を脅かすものになっていますね。

自己超越

マズローの言うところのこの欲求の5段階のその先、自己超越の段階が存在するとされています。私が今いる領域になります。「自我を忘れて見返りを求めずに、ただただ目的の遂行に没頭する」という状態です。この段階に来れる人間は、全人類の2%と言われています。

仏門の方からすると私は涅槃の領域にある身だそうです。

※涅槃:迷い・不安・執着・煩悩・苦(生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)から解き放たれた仏教における究極的な実践目的で、最上の安楽の境地。別名ニルヴァーナ。

超人

バロム・1じゃありません。ドイツの哲学者、フリードリヒ=ニーチェが提唱した概念ですね。聞いたことがある方もいるかもしれません。一般大衆というものは、人間関係と軋轢に苦しみ怯え、安全欲求や快適な暮らしを求める柵の中の羊(畜群)。今この瞬間の生をどのような状況であろうと肯定し、同じ歴史が繰り返されても微動だにせずに受け入れ生きていく人間が超人というわけです。

※ニーチェの説く永劫回帰は、「2021年8月8日に私が事故死したとして、生まれ変わってもまた2021年8月8日に同じく事故死する永遠を繰り返す」ということを指します。今ある生が充実したものであれば、再び歴史が巡った時もまた充実した生が存在するということになるわけです。シーシュポスの神話のようなネガティヴな宿命と捉えるかどうかは自分たち次第で、自分で決めることです。

廃業しましたが株式会社KIDのゲーム「infinity」「Never7」の世界観が正に永劫回帰というわけです。有名なゲームではないので気にしないでください、はい。

自己超越∞超人=自分軸

私は根本、言葉は悪いですが「他人はどうでも良い」わけです。他人に影響されて、今遂行していることも、生き方も変える必要性を微塵も感じていません。「他人の目」、「他人からの好意」などを軸にして自分の行動や思想を決定してしまう人は、あるとき一瞬満たされるときがあるかもしれませんが、それはただの一瞬で、一生渇望と共に生きることになります。

神の目がない国で

日本は他国の文化を受け入れるスバラシイ国だよね、という美談チックなことを言う人もいます。文化って意味ではそうかもしれません。それによってエンターテインメントや産業が繁栄すれば良いこともあるでしょう。ただ、これは「軸が存在しない」ということの裏返しでもあります。日本の場所という地政学的なこともまた原因のひとつでしょうし、(表向き)武力を持たず、米国に身を委ねているということもまたそうなのでしょう。米国の意志で日本の法律が変わったりしてますからね。教育も地理的にも、過去の敗戦から辿ってきた今も「柵の中で生きる」ことを植え付けられているわけです。

なぜこんなにふわふわなのか。米国を含めた国教のある国は、うつろう人の目や正義に加えて、「絶対的な神の目と絶対的な教義」が存在します。私は正義を「ただの概念で存在しないもの」だと定義しています。要は、人が言う正義はその時その状況で都合よく、容易く変わる不確かなものなわけです。ただ、教義(faith)は不変です。人がそのふわふわな概念に動かされて妙なことをしそうになった時、教典を思い出し、読み返し、我に返るわけです。

しかしながら、日本には国教はなく信仰がありません。ですから、自らの目で自らを律して行動していかねばなりません。そこを「他人」に身を委ね、うまくいかなければ「他人」のせい。周りと同じことをせずに新たな道を探しに柵から出る人たちに石を投げて邪魔をする。そんなことでは、「他人」からしか幸福感や達成感は与えられません。

立ちふさがる初手の壁

おおよそが社会的欲求と承認欲求であろうかと思います。簡単です。興味を持ったものを知ろうとしてください。そして、「あ、このとき幸せだな。気持ちいいな」ということを紙にでも書き出し続けて下さい。知ろうとすることには最大2つのコストがかかります。

「時間」「金」です。

時間だけかもしれませんが、これを投資せず結果や自己実現を求める人がいます。断言します。

無理っす

どこかでも書きましたが、成功している人、うまくいっている人は間違いなく「時間」を投資しています。明日生きている保証なんてどこにもないが、明日があったときに更にうまくいくようにと限りある時間を投資するわけです。人は社会の中で生きる割合が限りなく高い。そこで何で認められるのが早いかというのは、「仕事の質」。ということは、自分に合うスキルを身に着けるってことです。自ずと他人から認められ、欲求が満足されます。しかし、それに満たされたがゆえに学びを止めてしまうと、そこで完全にストップしてしまいます。

超人は使命を見つけた者である

と私は考えています。私はこの使命を軸にして事業展開も考えています。ここに至るまで、音楽、ゲーム制作、Web制作、インフラ技術、アプリ開発技術、デザイン能力、営業力、経営、政治、経済、法律、哲学、心理学など興味を持ったものを片っ端から学んできました。そうしたことで有難いことに褒められ認められ、という体験を得て今があります。こと今の私の原型となるまで37年かかっています。そんなもんです。時間を要するのです。

加えて、生きている意味が客体的に何かを知りたい。人生の意味が何かを知りたい。そんな人もいるでしょう。そんなもんありませんわずか500万年やそこらの歴史しかない、地球上のただの1種でしかない人間が、数多の生植物を差し置いてそんなもんが存在すると思っていること自体、自分たちだけが特別だという奢りしかありません。与えられないなら作るしかありません。「他人」ではなく「自分」で。どうやらそれができるのが人間という生物らしい。

私の使命は何か?

凋落していく日本を政治の世界ではなく、民間で多少でも良くしていく方法を考えて実行・実現していくことです。ただ私は善人ではありません。狂人です。

そして、「今」が常に最新系で「今」が常にカッコよい自分であろうとしています。

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