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G.C FACTORY創業ストーリー

Photo by Roman Shilin on Unsplash

 G.C FACTORYは医療機関専門コンサルタントの私(金子隆一)と医療機関専門税理士の山口和真とで2020年4月に創業した、医療機関を経営・会計で支援するグループです。ここでは、その創業ストーリーを紹介します。弊社に興味を持っていただいた方に少しでも想いを共有したく、、とても長くなってしまいました。。。(どうかお付き合いくださいませ<(_ _)>)

~新卒時代に感じた違和感~

 私は、新卒で内資系製薬会社であるエーザイ株式会社に入社しました。MRという営業職です。私は当時、とても保守的かつ大手思考でして、内定をいただいた企業の中で、「一番安定していて、終身雇用が保証されそうな会社」という軸で選び、仕事への熱意もほどほどで、「定年までに課長になるぞ~。」みたいなことを思っている新人でした。ちなみにこの時の同期が後に弊社の共同創業者になる山口です。山口は、新人の時から山積みのビジネス書を読み、「一度きりの人生やけん、最高の仲間を集めて起業する!」と燃えているような新人でした。どちらもエーザイからしたらあまり喜ばれない人材であったなと大変申し訳なく思っています。。

 配属後はクリニック100件程と病院3件に対しての、医薬品の営業を担当していたのですが、次第にいくつかの違和感を持つようになりました。

・クライアントニーズ
 顧客である、院長先生達にとって、「薬の情報」は、本当に多くある悩みや疑問点のうちの1つです。むしろ医師として病院で10年以上経験を積んでから開業をしている先生たちの悩みは、これまで携わったことのない、人事労務、採用、教育、会計、経理財務、税、金融、マーケティング、マネジメント、行政ルール、WEB、IT、その他(世の中の便利なサービスなど)というような部分に多くあると感じました。そしてそれを自分にも質問してくれるのに、私にはわからないです。「あくまでも自社の営業なので当たり前」と、自分に言い聞かせつつも、本当に困っていることの力になれない自分に対してのもどかしさを強く感じていました。

・院長の経営に寄り添うパートナーの欠如
 ただ、そもそもなぜこういった経営の相談や質問が自分にくるのか、という疑問もありました。相談してくれることを嬉しく思う反面、こういったことを相談する医療機関専門の経営アドバイザーはいないのだろうか、また顧問についている税理士は何をしているのか、などの疑問がありました。

・経営下手だけど、素敵な先生
 訪問をしていく中で、営業マンである私からも見ていても、「患者さんを大切にしていて、本当に素敵な先生」と思う先生のクリニックは患者さんが多かったです。ただ、中には「この先生、なんでこんなに素敵なのに患者さんが少ないのだろう」と思ってしまう先生もいました。やはり当然ですが、メーカーとしては「売上が多い=正義であり、重要顧客」という面もあり、こういった先生の助けになれる場面が少ないことに、もどかしさがあり、自分の力で本当に患者さんのことを考えている先生を経営の側面から助けてあげたい(素晴らしい医療従事者を医療に集中させてあげたい)と思うようになりました。

~医療機関専門で経営と会計を支える会社を作ろう~

 上記の疑問は、当時同期のMRであった山口も感じていました。2人とも営業成績はそこそこ良かったのですがどこか満足感はなく、それよりも2人とも困っているお客さんが目の前にいるのに力になれない自分にもどかしさ感じていました。価値があるのは、エーザイの素晴らしい製品であり、自分自身の価値という面では0と感じていました。次第に、元々起業を志しており、信頼する友人でもあった山口と、医師が抱える経営や会計の課題に対して、自分自身が努力し、学んだことで貢献できる会社を作ろうという話になっていきました。平日は営業活動を頑張り、休日は二人で話し合いを重ね、仮説を立てて、それを次の営業のついでに顧客にヒアリングをしていく日々を繰り返して、ある程度の方向性が見えてきました。

【現状】
・経営支援をしている会社
⇒院長の悩みは解決できるが、高い報酬がネックで導入しているクリニックは少ない。

・会計事務所
⇒ほとんどの医療機関が顧問を頼んでいるが、あくまでも会計事務所であって、医療機関の「経営相談」には乗れない。

【我々が目指す方向性】
・日々の会計顧問の支援の中で、ある程度の経営アドバイスが可能
・何か大きなイベント時(分院展開、M&A、採用、移転、システム変更など)でも、財務状況、先生の考えなどを共有された会計事務所と同じグループの経営チームが支援可能

という感じです。
日々顧問料を支払っている会計事務所だけでは経営の相談は難しく、一方で会計事務所に加えてコンサル会社も顧問につけるとコストが高くなり、更にその先生の考えや経営情報を一から収集が必要であり、その分析作業も工数として報酬に上乗せされてしまいます。それならば「日々、顧問についている会計事務所が医療機関の経営相談も乗れるようになるのが一番良い」と考えました。「いやいや、そりゃそうでしょ」と思われるような安易な構想なのですが、数百件の顧客にヒアリングしてわかったのは、本当の意味でそれを実現できているプレーヤーがいない(もしくはとても少ない)現状でした。

 山口と毎週のように打ち合わせをして、最終的に「よし、これだ!」となった時、定年まで働くつもりであった会社に入社3年で辞表を出していました。。そんな私に会社の先輩達や、当時のお客さんの院長先生達は本当に心からの応援をしてくださりました。ここでは少し物足りない仕事みたいな記載になってしまいましたが、20代前半から100を超える経営者(院長先生)と深く会話できる機会をいただけたMR時代が無ければ今の私たちは無かったですし、山口をはじめ最高の同期達と出会わせてくれたエーザイに入社して良かったと心の底から思っています。

~医療コンサルタントの奥深さ(E評価からのスタート)~

 私達がやろうとした「医療機関専門で経営と会計を支援する」という事業は、何か設備や仕組みがあるわけではなくサービスの質は「人」に依存します。よって医薬品の営業しかやったことがない私たちがいきなり起業をしてもできるわけがなく、それならばせっかく2人いるので、「医療経営」、「医療会計」のそれぞれで今ある会社で一番良いサービスを提供していると思う会社に転職をして、お互い学んでから2020年4月(2013年に転職して、必要なことを学ぶのに必要と思ったのが7年間でした)に合流して創業しようと決めました。その軸で企業を調べると新卒の時には知らなかった会社がいくつも出てきました。その中でもどうしても入りたいと思った、株式会社メディヴァから内定をいただき、コンサルタントとしてのキャリアをスタートしました。
 
 入職後は未経験の業務に悪戦苦闘の日々でした。PC操作一つとっても遅すぎる私は連日深夜残業をしても終わらず、半年に一度の評価面談では、A~E評価の中で最低のE評価でした。きっとEよりも下があればそれだったのだろうなと思いますし、恐らく会社としては辞めて欲しいレベルにあったのだと思います。自分が徹夜して作った資料が最終プレゼンの資料から外されていたり、私が1人で訪問すると顧客が露骨にがっかりしていたりと惨めで悔しい日々が1年ほど続きました。MRの資格もまだ有効であり、私の人生を本気で心配してくださった先輩からは「MRに戻るのも選択では」という話もしていただいておりました。
 とはいえ、多くの人に応援をいただき、親友と一緒に辞めてきて、その親友が頑張っている中で自分だけが逃げるということはさすがに選択肢にはなく、もがき続けていました。山口と朝5時からファミレスで足りない知識を勉強をしてから出社、そこから月間の労働時間が400時間以上になるくらい仕事をしていました。(※当時、会社からは一切強要されていませんし、今、弊社の社員にもこういった無謀な頑張りは全く求めていませんのでご安心ください(笑))完全に時代に合っていない頑張りでしたし、身体的に辛くはありましたが、一方でその努力がいつか自分がクライアントの役に立つ瞬間に直結しているという実感があり希望に満ちていました。一人一人のお客さんの開業やM&Aがまるで自分のことのように思えて、「本当に自分はベストの支援をできているのか」「この先生の為に何かやり残したことは無いのか」と夜な夜な考え、、という日々を過ごしていると、少しずつ顧客の役に立てるようになってきて、あるとき、案件が終わった際に涙を浮かべて「金子さんと出会えてよかった」と感謝してくださった先生もいました。それは新卒時代に何度も想像して、憧れた「自分自身の価値でお客さんを喜ばせるコンサルタント」ということを実感できた瞬間でした。

~「事業は本当に想いがある人間がやるべき」~

 その後、新たな環境や案件を求めて株式会社メディカルノートに転職し、医療コンサルタントになって丸7年が経つ頃には事業責任者として20名を超えるチームを任せてもらっていました。その頃、山口も一流の会計事務所で学びながら、更には目標としていた税理士の資格を取得していました。(激務をこなしながら、未経験から資格まで取った山口は本当に化け物だと思います。。。)自惚れもあったと思いますが、2人で会社を起こせば、当初夢見た形で自分達にしかできない価値を提供できる自信に満ちていました。

 そして当初起業すると決めた2020年4月も近づいていました。当然、組織のメンバーやお客さんへの愛着や想いもとても強くありましたが、「10年近く追い求めてきた目標であり、きっとわかってもらえる」と考え、思い切ってメディカルノートのCEOである梅田さんに退職を切り出しました。その際にいただいた言葉がタイトルのものです。私の想定では、自分が辞めて山口と2人で一からのスタートになると思っていました。というよりは、そうするしか無いと思っていました。ですが梅田さんは即答で「事業は本当に想いがある人間がやるべきだし、この事業やメンバーに一番想いがあるのは金子さんだから、金子さんがやるべきだよ」と言っていただきました。つまり私が責任者をしていた事業をメディカルノートからG.C FACTORYに事業譲渡していただくというご提案でした。これまでM&Aコンサルタントとして何十件もM&Aの支援をしてきた私が事業譲渡を受けることになり、更にいきなり10名を超える会社の代表になることに不安も大きかったですが、一緒にやってきた仲間やお客さんと引き続き一緒に仕事ができることが本当に何よりも嬉しく即決でご提案を受け入れました。

~新型コロナウイルスの流行と、G.C FACTORY創業~

 メディカルノートからの事業譲渡日が目前となった2020年3月。ニュースは連日新型コロナウイルスの話で持ち切りでした。当たり前ではありますが、新設の会社に事業譲渡なので新型コロナウイルスに関連する助成金や融資の対象にはなりません。4月1日に創業してからも感染状況は悪化して、4月7日からは緊急事態宣言もでました。10名を超える社員もいたので、「10年近く準備してきて、初月で倒産か、、、?(´Д`)」と頭をよぎりましたし、眠れない日々でした。ただ、ここまで努力をしてやっと実現させたG.C FACTORYです。私達を信じてついてきてくれた仲間もいます。何が何でも乗り切ろうと覚悟は固めていました。そんな時に、これまで苦楽を共にしてきたお客さんであり、当然経営者としての大先輩である先生から「もちろん契約は切りませんよ。さて、次は何をやりましょうか!」と、こんなご時世でも前を向いている言葉をいただき、心から救われた日のことは多分一生忘れないです。事業は経営者や役員だけではなく、従業員やクライアントや連携先の皆様など、本当に多くの人に助けられて成り立つものと改めて実感しました。

~終わりに~

 2021年4月現在。G.C FACTORYは2年目に突入しました。新卒時代に私達なりに感じた疑問や無力感に対して、少しずつではありますが、解決できているのを感じられています。ただ、世の中を良くするために与えているインパクトとしては本当にわずかです。我々の事業には製品やシステムは無いため、1人1人の価値の総和がそのまま会社の価値となります。なので、社員はもちろん、お客様や連携先の皆様も含めた「仲間」一人一人を本当に大切にしてこの総和を大きくしていかなければいけません。その意味でなかなかベタであり、覚えにくい名前ですが、「G.C FACTORY」(good「良い」company「企業・仲間」を創造するfactory「工場」)という社名はこの想いが強く込められており私は気に入っています。毎日を楽しみつつ、誠実に仕事をして、努力をして、この1人1人の価値の総和を大きくしていく、、その繰り返しが、いつか今では想像できない大きな価値になると思います。10年前に憧れ、思い描いた想像を上回る「今」を迎えられていることに感謝しつつ、GCFの仲間と次の10年も想像を上回っていきたいなと思っています。

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