「パーソナル変数データ」を個人が自由に扱える未来へ。CMIC Tech Lab所長が描く未来とは
今回は、電子おくすり手帳「harmo(ハルモ)」の創案者であり現CMIC Tech Lab所長である福士さんに、Tech Labの取り組みや今後の野望を伺いました。
過去参考記事: https://www.wantedly.com/companies/cmic-holdings2/post_articles/188014
シミックホールディングス株式会社
事業戦略本部 CMIC Tech Lab所長
harmo創案者 福士 岳歩
2000年ソニー入社。画像、音声の信号処理、機器制御の研究開発などに従事していた、2008年当時、harmo構想を着想し、2011年に実証実験、2016年には事業化を達成。2019年6月、事業承継により現職。
harmoの発案は、自身の「原体験」がきっかけ
――今までの経歴を教えてください。
2000年にソニーに入社し、A3研究所(基礎技術研究所)で、テレビやオーディオといった製品の画像処理や音声信号処理など、アルゴリズム開発の仕事に従事していました。
しかし2006年頃に微熱がずっと下がらないという、原因不明の体調不良になってしまったのです。病院で大量に薬をもらったことがきっかけで、薬の管理が簡単にできる世の中にできないものかと、2008年に電子おくすり手帳「harmo」を発案しました。
ソニーが持っている非接触ICカード技術(FeliCa)を健康管理に役立てられないかと考えたのです。私自身、ソニーの数ある技術の中で、FeliCaは一番好きな技術でしたし、この技術を健康管理に転用すれば、世の中の役に立つだろうという確信がありました。その後上司の許可を得て、本業の傍らで個人プロジェクトとして「harmo」にまつわる社内外調整を進め、最終的には2013年9月にソニーの正式事業として認められるまでになりました。
事業化したとは言え、ソニーはあくまでエレクトロニクスの会社。業界外からの参入なので、「harmo」の事業拡大のためには、製薬やヘルスケアとのより密接な関わりが必要だったのです。そこで2019年、ヘルスケアに対して同様の志を持つシミックグループに「harmo」の事業承継を行い、私もシミックグループの一員としてテクノロジーを起点に新規事業の種を創造する組織TechLabを創設しました。
障壁を乗り越えるカギはエンジニアサイドの「工夫」
――これまで、エンジニアの視点から福士さんの印象に残ったエピソードはありますか?
はい。私自身、エンジニアとして「harmo」に貢献できたと思うことが2つあります。
1つ目は「harmo」に取り入れた、個人情報をほぼ完全に保護するという特許技術の開発です。
健康状態は自分のプライバシーに関わる情報なので、誰だって流出してほしくないですよね。例えばの話ですが、「政治家が心臓病を患っている」という情報が流出した場合、政治生命に関わってしまうことも考えられます。
でも基本的には「誰が・どの薬を飲んでいる」という情報は、ふたつがセットでないと無価値なのです。だから当然のようにセットで情報管理をしていたのですが、立ち返って考えなおすきっかけがあり、「誰」と「どの薬」に分離して保存できないかと考えました。
――個人情報の分離ですか。
はい。カードをFelicaを組み込んだカードには「山田太郎」という個人情報を、クラウド上には「タミフルを飲んでいる」というデータのみを保存します。つまり個人情報とデータを分離するわけです。このままだと個人情報とデータをくっつけることができないのですが、実はカードを発行するときに、カードとクラウドの両方に共通の長いIDが保存されます。そのため、このカードを専用端末にピッとタッチすると、相互のIDを元に紐づけがされて、薬剤師が確認できる画面上でのみ「山田太郎さんがタミフルを飲んでいる」と確認できるようになるという仕組みです。
画面に映し出された情報は12時間経過後に自動削除されますし、私たちが管理するクラウド上には「誰が」に当たる情報が保存されていないので、情報流出は理論上起きえません。電子おくすり手帳の意義を理解していただけたとしても、個人情報流出リスクが高いままでは、受け入れていただくことはできません。個人情報分離という特許技術があったからこそ、「harmo」は徐々に普及して、今では業界でトップ3に入るサービスにまで成長できました。エンジニアサイドの工夫によって高い壁を突破できたのだと感じています。
――ありがとうございます。もう1つのエピソードについても教えてください。
2つ目は「harmo channel(ハルモチャネル)」というサービスです。
一般的にビッグデータのビジネスは「個人の情報をそのまま売る」ことになるため、葛藤が生まれる部分でもありますよね。ましてやヘルスケアの領域は、よりセンシティブなデータを取り扱うのでなおさらです。でも私たちは先述の通りサーバー上に個人情報を保持していないので、匿名性を担保したまま、データをタイムリーに活用することができます。さらに、活用の方法として「サーバー上のデータを第三者に提供する」という従来の発想から大きく転換し「サーバー上の正確なデータを基に匿名で情報を配信するplatform」というコンセプトを創りました。「harmo」はカードだけでなくスマートフォンアプリと連携させているので、例えば医薬品に関する緊急安全性情報・安全性速報などをタイムリーにコンシューマーの方々へ配信することが可能になります。
例えば製薬会社から「CCC錠10mgを服用中の人に緊急性の高い副作用の情報を配信したい」と要望があった場合、クラウドサーバーには氏名などの個人情報は含まれていないけれど、即座に「CCC錠 10mg」を服用中の人のみに情報を配信できます。この患者コミュニケーションサービスを「harmo channel」と呼んでいます。
このサービスは製薬会社のみならず、コンシューマーにも非常に意味のあるサービスだと思っています。副作用の情報を自分事と捉えるのは難しいかもしれませんが、もし自分の子供や両親が服薬している薬についての情報だったら「早く知ることができてよかった!」となりますよね。情報という利益を多方面にどう届けていくかというのがポイントでした。
――「harmo channel」の開発は当初、理解を得るのが大変だったと聞きました。
そうですね。当初は「調剤薬局からシステム利用料をいただく」という分かりやすいビジネスモデルを表に出していたので、このような「匿名性を保ちつつ患者さんに役立つ情報を届けるサービス」の意味や必要性を理解してもらうのは至難の業でした。当時の事業室メンバーからも「どうしてそんな開発してるんですか?」と度々言われました。
ですが私は「匿名性と正確性を両立した情報配信を実現する技術」は大きな価値を生むと信じていました。逆に、新しい発想とそれを支える技術がなければ、他社と差異化をはかることもできず、明るい未来はないと。その考えを信じて開発を続けてくれた少数のエンジニアチームには「はこぶくん(当時のコードネーム)がharmoを救う日が必ずくるからがんばろう!」と言い続けてきました。
時を経て、現在シミックで「harmo」に力を入れて事業を拡大していくことになったのは、「harmo channel」がシミックの既存事業と様々な価値を生みだす可能性を秘めていることが大きな理由です。結果論にはなりますが、当時の決断が「harmo」の発展を支えることにつながりました。新規事業は自分の直感を信じたあとは、運とタイミングだと思います。
現在、福士のチームが研究開発中のワクチン管理システム
社会に、未来に、本当に役立つものを残したい
――Tech Labについて簡単に教えてください。
私たちのTech Labは、長期的な視点に立ってヘルスケア領域の可能性を広げることを目的としたR&D部門です。具体的には個人情報を持たずにデータを管理できる「harmo」の仕組みを使った拡張研究をしています。メンバーは、新たなPHRビジネスの種を生み出したいという意欲を持ったシミックのメンバー6名、外部の常駐エンジニアメンバー4名、私の計11名です。「世の中に貢献したい」という強い意思を持っている人が揃っています。
奥に見えるのがTech Labオフィス
――現在はどんな研究開発をしていますか?
母子手帳の電子化、特にワクチンの管理に焦点をあてた新しい取り組みを始めています。6月からは慶應義塾大学との共同臨床研究を始めました。
新生児は年間十数本のワクチンを打つ必要がありますが、予防接種には非常に複雑なルールが設けられており、平成29年度には全国で約7,700件の打ち間違いが発生しています。最も多い理由は「接種間隔の誤認」。ワクチンを打った後、次のワクチンを打つまではある程度期間を空けなければいけないのですが、この期間を誤認したがゆえに発生する打ち間違いが多発しています。
私たちは「harmo」の仕組みを利用することで、その予防接種の打ち間違いがない未来を実現させたいのです。「母子手帳を医師が確認・判断する」というフローで打ち間違いが発生してしまうのなら、チェック体制の強化として「harmo」を導入することで、医師の判断をサポートできるのではないかと考えました。母子手帳代わりのカードを端末にタッチするだけで、瞬時にこれまでの記録と照合して、「今日このワクチンを打ってもいいか」ということを判定するという仕組みです。
現在はプロトタイプを医療機関に持って回って、医療現場のワークフローと照らし合わせながら、実際に使ってもらうための調査を進めています。現場にとって本当に必要なものを、できるだけ使いやすい形で提供したいですから。今後も社会と密接に関わりながら、母子手帳などに貼ることのできるharmoカードのシール化や、高い可用性を有するサーバー開発、他社サービスとの安全なデータAPI連携の仕組み確立など、世間に本当に求められている物の研究開発を進めていきたいですね。
――今後、中長期的に実現させたいことを教えてください。
まず「母子手帳の電子化」で目指したいのは、実際に予防接種としてある程度「公的な証明書」として認められるようになること。例えば渡航の際、自治体に頼んで公的証明書を発行しなくても、harmoの母子手帳カードをピッと翳すだけで「狂犬病ワクチンを打った」と証明できるような世界を目指したいです。だからこそしっかり普及させたいし、履歴をしっかり管理していくという意味でも、ブロックチェーンの導入も検討していきたいですね。
最終的に私がつくりたいのは、「自分の情報をいつでも自分で活用できる」インフラ基盤です。自分のデータを簡単に記録しておいて、好きなときに活用できる世の中にしたい。電子おくすり手帳も、電子母子手帳も、すべてこの理想に繋がっています。
AIの発展は凄まじく、今後は個別化医療が世の中の基本になっていきます。しかし、今までの自分自身のデータを提示できなければ、AIも最良の回答を提示できません。今後必ず「パーソナル変数データを持っている人」が恩恵を受ける時代が来るはずなので、先駆けて、データを個人で管理して簡単に使えるような基盤を作っておきたいのです。
CMIC Tech Labのメンバーたち。
世の中に貢献したいというプロフェッショナルを求む
――福士さん個人として、また、組織として、どのような人と一緒に働きたいですか?
「社会に役立つものを残したい!」という気持ちがある人や、エンジニアとしてプログラミングの能力を社会貢献に活かしたい人。そういった人たちと一緒に働きたいですね。「何のためにやるのか」という軸が共通していないと、途中で気持ちが折れてしまったりすると思うのです。
さらに私たちは世の中でも例を見ない、新しいことにチャレンジしているので、当然障壁も多いです。あらゆる障壁を乗り越えてでも、とにかく自分たちの力で世の中に貢献したい!という強い想いを持っている方といっしょに働きたいです。現在私と一緒に頑張っているメンバーも、全員がそのような思いをもって働いているので、強い想いを持っている方にとっては非常に楽しい環境だと思います。
――最後に、未来の仲間へ一言お願いします!
「エンジニアが持っている力」は無限の可能性を秘めています。
実際に私たちは今まで、エンジニアリングを活かしながら、世の中に良い影響を与えてきました。興味があるエンジニアの方は、ぜひ、私たちと一緒に世の中を動かしてみませんか?
エンジニアでなくともテクノロジーで社会に貢献する仕組みづくりに興味があり企画力に優れた方も歓迎です。
新しい未来を、一緒に創っていきましょう。
ピカピカのオフィスでお待ちしています!!!