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グローバルMVPから失意のどん底も経験。酸いも甘いも嚙み分けたAnyMindでの4年間

プロフィール

2016年12月にAnyMind Groupのデジタルマーケティング事業(旧AdAsia Holdings)タイ・バンコク支社立ち上げ初期メンバーとしてジョイン。入社後は現地のナショナルクライアントのデジタルマーケティングをサポート、セールスMVPを2度受賞。その後、セールスマネージャーとなり、現地のローカルメンバーを含め計10人規模のチームをマネジメント。プレイヤーとしても、東南アジア周辺国のリージョナルキャンペーンも牽引。2019年10月よりベースを日本に移し、念願の新規事業部に従事。DOOH(デジタルサイネージ)周りで全日空商事と協業し、事業ゼロイチを経験。日本の主幹空港のDX化を推進。


初めまして。AnyMind Group雄谷侑大(おたにゆうた)です。

僭越ながら、就職、転職を検討されている方に少しでも参考になればと思い、僕が入社した、AnyMind創業1年目の2016年からの4年間を綴ります。よければ是非、見ていってやってください。

営業インターンと起業で学んだ学生時代

大学時代のスタートは、とても楽しかったことを記憶しています。

憧れていた国際学部に入りグローバルな環境での勉強、サークル、学外で活動していたバンドも充実していて、毎日それなりにやりがいも感じていました。

そんな日常が一転したのは、2回生に入った直後でした。親友が将来の夢に向けて真剣になっているのを見て、このままでは将来の夢(「社長になること!」...浅い笑)に届かないと思い、通信会社の営業のインターンを始めます。結果的に営業マネージャーを1年、その営業組織で採用人事を1年経験しました。

その後、就活を始める前に、チャレンジしたいと思っていた不動産領域での事業立ち上げに1年、休学をしてやってみました。

完璧に準備をし、行きたい企業から内定を貰えた就活

不動産の事業は就活を始める際に一旦区切りをつけ、本気で就活に挑みました。

まずは徹底的に自己分析をし、面接では何を聞かれても完璧に回答できるよう前もって準備。
行きたい会社からは絶対に内定を貰うために努力をしていました。

具体的には2ヶ月間、毎日2時間くらいは自己分析したり、友達ひっ捕まえて面接練習したり、誰かと一緒に成長する過程を楽しみながら活動していました。

最終的には、いきたいと思った会社はキーエンス1社になりました。キーエンスに出会ったきっかけは、不動産事業の起業時にコンサルしてくれていた方がキーエンス出身だったことです。
その方のスマートさに憧れ、選考の対策も完璧に準備をし、面接を受け、無事内定もいただけました。

海外インターンで、AnyMindと出会う

AnyMindとの出会いは学生時代のインターン仲間からの紹介でした。当時、キーエンスからの内定もあり満足していた僕は、海外での実務経験が欲しく、海外インターンのチャンスを探していました。

久しぶりに彼と電話した際に「この会社めっちゃ伸びてます。やばいです。」「ベトナムで家政婦付の家に住んでます(物価が安かったため)」という話を聞いて、単純な僕は「家政婦付きはやばい!!(そこ!?)」とワクワクしてインターンの面接を受け、無事インターン内定を貰いタイのバンコクへ行くことになりました。

タイに行ってからは、まずインターンからテレアポを始めました。
最初は、アポイントの件数を追って、徐々に売上、利益を追うようになります。
初回アポイントでは、企業のデジタルマーケティング課題でのヒアリングして、2回目以降で提案。

受注すると、広告キャンペーン(プロジェクトのようなもの)の実行部分を担当しながら、クライアントに継続的なコンサルティングを行います。最初は単一のプロダクトで解決できるような課題感、予算しかもらえないのですが、先輩のサポートや周りの情報を積極的に取ることでぐんぐん受注できる予算も伸びていきました。

いつも一緒にプロジェクトを遂行していたタイの広告運用チームと


日本へ帰国するはずだった3月、憧れの企業のキーエンスに入社するまで4月1日まで、1ヶ月を切っていたのですが、AnyMindでのインターンが楽しすぎて、そして価値観があまりに変わったことから、「もう少しここで頑張りたい!」と思い、大変恐縮ながら内定を辞退させていただきました。

インターン期間を含めAnyMindに入って1年経ったあたりから、デジタルマーケティング全体の年間提案を企画する機会を貰いました。この頃には、1人でローカルチームメンバーを巻き込んで提案を行なっていました。最終的にこの頃の成果が認められてセールスマネージャーに昇格することになります。

自分の役割としては、プロジェクトマネージャー兼セールス(クライアントと話すフロント)として働くことでした。その中で、メディアプランナー、コミュニケーションプランナー、クリエイティブ、インフルエンサー担当、運用担当など様々な強みを持つメンバーと案件によって協業しながら稼働しました。

業務的には、日本人マネージャーとクライアントとコミュニケーションを取る時以外はほとんど英語でした。提案書もメールも英語。チームメンバーとのコミュニケーションも英語。
最初は大変でしたが、メンバーができてから、その人のキャリアを預かっているという責任感も生まれ、爆発的に英語のスキルが伸びました。笑

バンコクでの3年間で学んだことはたくさんあるのですが、デジタルマーケティング領域でのプランニングのスキルとコンサル営業のスキルはとてもついたので思考力はかなりついたと思います。

あとは、僕が参画した時にはもっと小さいスタートアップだったので、とにかく必要な知識やスキルは自分でキャッチアップして成果を追求する姿勢が身についたと思っています。

グローバルセールスMVPを受賞したときの様子(その他分野のMVP受賞者たちと)

ジュニアメンバーで入ったプランナーのタイ人とパートナーを組んで、バンコクオフィスで初の年間提案を6件、他のクロージング率も85%と最高の数値を出してMVPをダブル受賞+昇格。成果がしっかりついて来たことももちろんですが、国境や国籍を超えてもチームとして働くことができました。プロ意識を持って、想いを持って一緒に働けることが何より嬉しかったです。

新規事業にチャレンジするため日本へ帰国

タイで営業〜マネージャーを3年経験して、営業チーム立ち上げも3回ほど実施した後に、そろそろ営業以外のことにチャレンジしたい兼ねてより目標としていた新規事業立ち上げにチャレンジしたい、という想いが強くなりました。

そのタイミングで社長に「日本で新規事業をやるからどう?」と話をもらい、帰国することになりました。

新規事業立ち上げは今までの仕事で一番ハードでした。今まで、2〜3度海外でも心が折れそうになった事もあるのですが、今までより遥かに泥臭く、正解のない中でビジネスを力強く推進して行くことは本当に難易度が高いと痛感しました。さらに追い討ちを描けるように、コロナ禍の影響で事業へのダメージもダイレクトに受ける領域だったので、失意のどん底を経験しました(苦笑)。

この経験で、自分の中の「勘違い野郎」はどんどん削ぎ落とされていきました。

そんな中ではありましたが、無事、2020年の10月に事業部で始めてのサービスをローンチするに至り、年内は目標に対しても順調に推移。

まだまだこれからですが、良い軌道に乗り始めています。

今後の展望

今後の展望ですが、10年単位で考えている目標があります。
1つは、幸せな家族を作ること。(もちろんいい出会いがあればですが笑)

2つ目は、ブランドを持つなど自分を表現して行く形としてビジネスを持つこと。

3つ目は、本当に自由な自己表現活動、具体的には音楽活動を進めて大勢のステージに立つことです。

2つ目と3つ目はグローバルで考えています。

割とぶっ飛んで聴こえるかもしれませんが、そのために、ここ2〜3年はもう一度海外で勝負、思いっきり仕事して、実力と「信頼残高」を貯めたいと考えています。


最後に学生へ向けたメッセージ

学生の皆さん。
変化も激しい時代、就職活動も大変だと思いますが、納得の行くキャリア選択になるように応援しています!

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